
覚えているのはネズミの背中ばかり
太い井戸の中をただただなす術もなく落ちていて、鉄の棒かなにかをガッと壁に刺してガリガリガリッと抗い、一瞬壁際のネズミが跳ねるのが目に映ったり...
アラビア語、現代思想、信仰、雑記

太い井戸の中をただただなす術もなく落ちていて、鉄の棒かなにかをガッと壁に刺してガリガリガリッと抗い、一瞬壁際のネズミが跳ねるのが目に映ったり...

たとえば、支那という言葉はchinaのことであって、本来的には別段悪意や価値判断を含むものではなく、一方で日本で中国と言えばそれは岡山とか...

「○○が蔓延っては国が滅ぶ」などといった雑で下品な雑言を浴びせられた時、なぜ素直に「滅ぼしに来ました」と言えないのだろうか。 「ボクたちは...

米国の白人至上主義にせよ本邦の排外主義にせよ、そんな偏狭さを振りかざしてはこのご時世立ち行かないし、そもそもの経済が越境的なものによって下支...

わたしが今なにを見ているのかは、見ている今が一番わかるようでいて、時が経たないとはっきりしない。 見ている対象と見るという行為は異なる...

とても良いたとえを思いついたのでメモだけしておくと、「自分の死体が獣に食い散らかされている感じ」だ。 獣に死体が食べられたら、それは一般的...

なんにせよ、「自分たちは悪くないんだ」だけ言っている言説が醜悪に過ぎる。ちょっと察しが鈍いけどこれは病気だから悪くないんだ、肌の色が違うけ...

今は特別な時代だ、という感覚が人を誤らせる。歴史上、無数の人々がそれぞれに己の時代、とりわけ青年期に生きた時代を特別だと考えたろうが、遠く...

笑い一般について語る、などという大きな話をできるわけがないし、ところでいきなり脱線するなら、ベルクソンの『笑い』には笑いについて重要ではな...

規則に忠実に様式化された書き言葉、例えば所謂候文や「硬い文章」、アラビア語におけるフスハー、が象徴的なものだとしたら、カジュアルな話し言葉...