この世の総ての物語にはその時と場があります。そしてほとんどの物語は、人間が主人公です。物語は大抵、こんな風にして始まります。「昔々ある所に・・」。
これからお話する物語は、違います。というのも、この物語は、人間が創造される前、時と場のある前から始まるからです。
とてもとても遠いある時。
始まりの始まりに、アッラーがいました。アッラーの元には何者もなく、彼に並び立つものはありません。ただ彼のみに、平安と偉大さがありました。ただ彼のみに、高貴さと美がありました。
わたしたちが知っているものはまだ何もなく、大地も月も太陽も星もありませんでした。
アッラー以外は何もありませんでした。彼は知性をもって思い描き知ることのできない光です。まるで、海岸の子供が一人で広大なる海を小さな穴に押し込めることが不可能であるように。
とてもとても遠いある時。
讃えあり至高なるアッラーは、創造をなそうと望みました。
大地と太陽、月、星を創るのです。
海と風、花々と蝶、魚と鳥を創造しようと望んだのです。すべてのものを創造することを。
アッラーが望み、命じると、それは有りました。有れと言われれば、ただちに有ったのです。
{何かを望まれると、かれが「有れ。」と御命じになれば、即ち有る。 36-82}
このようにアッラーは、空と大地とその間にあるものに形を成すことを命じ、六日間でそれらは在るようになりました。この六日間は、アッラーにとっての六日間です。大地の上で生きている今のわたしたちの日々とは異なります。わたしたちは、太陽の元で地球が一回時点することを一日と数えているからです。昔々、そこには大地も太陽もありませんでした。だから計算も違うし、一日の長さも違うのです。わたしたちの今の基準では、千年、千万世紀になるでしょう。それは、アッラーの語るところより他に知る術もない「隠されたもの」です。「隠されたもの」は、わたしたちの知性を越えた理解できないものです。わたしたちより隠され、アッラーがそれについて語るものは、ただ信じるより他にないものです。
アッラーはわたしたちに、天と地を六日間で創造されたと語られました。それから玉座に腰掛けられたのです。すべてのものが彼に従い、すべてのものが彼にサジダし、すべてのものが彼を崇め、すべてのものが彼を必要としました。アッラーは何者も必要としない満ち足りたものであり、すべてのものが彼を必要とするのです。
天には、アッラーが光から創造し天使と名付けたものが暮らしました。天使たちはアッラーの兵であり、{かれらはアッラーの命じられたことに違犯せず、言い付けられたことを実行する 66-6}。
天と地の間には、アッラーが火から創造しジンと名付けた被造物が暮らしました。ジンは目に見えない被造物で、良いものも悪いものもいます。
そして地には、恐ろしい獣が暮らしていて、堕落し、互いに戦い血を流していました。
至高なるアッラーはアーダムを創造されることを望みました。
至高なる者は天使たちに言いました。
{本当にわれは、地上に代理者を置くであろう 2-30}
天使たちが地上を見ると、そこには堕落し血を流しあう被造物が暮らしていました。一方、天使たちはアッラーを讃え、崇めていました。天使たちは疑問に思い、互いに尋ねあいました。
{あなたは地上で悪を行い、血を流す者を置かれるのですか。わたしたちは、あなたを讃えて唱念し、またあなたの神聖を讃美していますのに 2-30}
天使たちは無垢な性質をもち、善いことと清らかなことしか考えませんでした。アッラーを讃え彼を崇めること、それだけが絶対の存在理由だったのです。それだけが創造の目的であり、その目的は彼らの存在により実現されていました。天使たちの疑問は、彼らの驚きを表しています。というのも、彼らは、創造のための他の目的や理由を考えていなかったのですから。彼らの疑問が意味するのは、彼らがアッラーの叡智を知らず、事物の中で実現される目的を知らなかったということです。そこで、至高にして讃えあるアッラーはこう言いました。
{本当にわれはあなたがたが知らないことを知っている 2-30}
讃えある至高なるアッラーは、気高き天使たちに、彼がアーダムの創造について彼らの知らない叡智を備えていることを伝えたかったのです。アーダムが、地上で血を流し合う堕落した被造物のようにならない、ということを。
また、アーダムは、ただアッラーを讃え崇めるのみの天使のようにもならないということを。
アーダムは、新たな種類の被造物となるのです。その存在のうちに、アッラーのみが知る高貴な叡智、知の叡智が実現されるのです。
讃えある至高なるアッラーは、天使たちに命じ、泥から人間を創造する、と述べられました。泥の形を整え魂を吹きこむと、天使たちは人間にサジダしなければなりませんでした。このサジダは、敬愛のサジダであり崇拝のサジダではありません。崇拝のサジダは、ただアッラーお一人に対するものですから。
讃えある至高なるアッラーは、地から白、黒、黄色、赤の土塊を集められました。だから、人間には様々な色の者がいるのです。至高なるアッラーは土塊を水と混ぜられ、粘土のようにすると、アーダムを創造され、魂を吹き込まれました。
アーダムの身体が動き出し、生命が入りました。人間が呼吸を始めたのです。アーダムは目を開くと、天使たちがみな彼にサジダしているのが目に入りました。ただ一人、立ったままだった者を除いて。アーダムはまだ、そのサジダしない者が何という種類の被造物なのか、知りませんでした。その名前を、まだ知りませんでした。
至高なるアッラーは、サジダを拒んだ被造物に仰いました。
{イブリースよ、われの手ずから創ったものにサジダするのに、何があなたを妨げたのか 38-75}
イブリースは、低い声で答えました。
{わたしはかれ(人間)よりも優れています、あなたは火でわたしを御創りになりましたが、かれは泥で創られただけです 38-76}
至高なるアッラーは、イブリースに仰いました。
{それならあなたは、ここから出て行きなさい、本当に忌まわしいから/そしてわれからの見限りは、審判の日まで必ずあなたの上にあろう 38-77 78}
イブリースはアッラーの恵みから追い出され、彼は人間を脅かし、誘惑するようになるのです。
アーダムは身の回りで起こることを観察し、愛と畏怖と驚きを感じていました。
創造し栄誉を与え、天使を彼に対しサジダさせたアッラーへの深い愛。イブリースをその恵みから追い出した時の、創造主の錨への畏れ。彼を嫌い、自分の方が優れていると考え、彼を害そうとするこの被造物に対する驚き。
誕生後の最初の頃から、アーダムはイブリースが敵であることを分かっていました。イブリースはジンでしたが、堕落しアッラーの命令に背いたのです。アーダムにサジダするよう命じられ、サジダしなかった時、天使たちと共に立っていました。アーダムはイブリースが悪の象徴であることを理解し、また天使たちが善の象徴であることを分かっていました。一方彼自身については、ある時が訪れるまで、何も分かっていませんでした。
それから、讃えある至高なるアッラーは、アーダムに彼の真理、その創造の叡智、崇敬の秘密を教えました。
{かれはアーダムに凡てのものの名を教えた 2-31}
讃えある至高なるアッラー、アーダムに、物事に名前を付けることを教えました。物事を名前で表す能力の秘密を、彼に与えたのです。これはスズメ、これは星、これは木、これは山、これは鳥、これはヤツガシラ、これはトウモロコシ。アーダムは、すべての名前を学びました。
名前は学であり知です。これこそアーダム創造の目的であり、かれが敬愛される理由なのです。
アーダムがすべての物事の名前を学んだ後、アッラーはこれらの物事を天使たちにお示しになり、こう述べられました。
{これらのものの名をわれに言ってみなさい 2-31}
天使たちはアッラーのお示しになるものを見ましたが、その名前を知りませんでした。そして彼らが、物事に名前を付け、それを表すのに象徴を用いることについて、劣っていることを認めたのです。
天使たちは言いました。{あなたの栄光を讃えます。あなたが、わたしたちに教えられたものの外には、何も知らないのです。本当にあなたは、全知にして英明であられます 2-32}
至高なるお方は、アーダムに仰いました。{アーダムよ、それらの名をかれら(天使)に告げよ 2-33}
アーダムは、アッラーがお示しになり、彼がその名を知らなかったすべての物事について、彼らに語りました。彼は、知を持つ被造物です。これこそ、最も誉れ高きことです。学習と知識の能力です。
アーダムはすべての物事の名前を知っていました。時々天使たちと語らうことがありましたが、天使たちはアッラーへの崇拝で時間がありません。そのため、アーダムは孤独を感じていました。ある日アーダムが眠り、目を覚ますと、美しく慈しみ深い瞳の女が、頭のそばに立っているのを見つけました。こんな会話が交わされたことでしょう。
アーダムが彼女に言います。「眠る前にはいなかったのに!」
彼女が言います。「ええ」
「では、わたしが眠っている間にやって来たのか?」
「はい」
「どこから?」
「あなた自身からやって来ました。あなたが眠っている間に、アッラーがあなたの胸からわたしを創られたのです。目覚めている間は、わたしを胸に戻しておきたいですか?」
「アッラーはなぜあなたを創造されたのだろう?」
ハウワーは言いました。「一緒に暮らすためです」
「アッラーに讃えあれ。わたしは孤独を感じていたのだ」
天使たちが、彼女の名前を尋ねました。アーダムは、彼女の名前はハウワーだ、と言いました。天使たちが、なぜ彼女をハウワーと名付けるのか、と訪ねると、アーダムは答えました。なぜなら彼女は、わたしから創られ、わたしは生きた(ハイユ)人間だから。
アッラーはアーダムに、妻と共に楽園で暮らすよう命じました。アーダムはハウワーと共に楽園に入りました。そこで彼らは、その人生で最も美しい日々を過ごしました。そこにはまた、素晴らしい体験が満ちていました。
アーダムとハウワーの楽園での暮らしは、色鮮やかな夢のようでした。
わたしたちは夢を見た時、それが本当だったらいいのに、と考えます。楽園では、あり得ないことまですべての夢が実現されます。楽園では、何かを望めば即座に目の前に現れるのです。食べ物、飲み物、家、安らぎ、愛、静けさ、そして平安と安心。物の色は美しく透き通り、芳しい香りが満ちています。アーダムは、ハウワーと楽園に入って、内なる幸福の意味を知りました。孤独を感じることはもうありません。ハウワーと沢山の話をしました。一緒に遊び、歩き、小鳥たちの歌、川がアッラーを讃える音、恵みの音楽に耳を傾けました。悲しみと苦しみの意味を知るまでは・・。アッラーは彼らに、ただ一本の木を除いて、何にでも近づき楽しむことを許していました。その木は多分、苦しみの木でした。
アッラーは二人が楽園に入る前に、こう仰いました。{この木に近付いてはならない。不義を働く者となるであろうから 2-35}
アーダムとハウワーは、この木の実を食べてはならないことを、分かっていました。ただアーダムは人間であり、人間は忘れるもので、その心は移ろい、決意は弱まるものです。イブリースはアーダムの人間性につけ込み、その胸に憎しみを秘めながら、毎日彼に囁きに行きました。
アッラーがなぜこの木に近づいてはならないと命じたか分かるか? この木は永遠の木なのだ。その実を食べると、決して死ななくなるのだ。食べれば、お前とハウワーは天使になるのだ。
日が経つにつれ、アーダムとハウワーはこの木のことを考えるのに夢中になっていきました。そしてある日、その実を食べてみることにしてしまったのです。イブリースが彼らの仇敵であることを忘れて・・。
アーダムは木に手を伸ばし、その実を一つもぎ取り、ハウワーに渡しました。二人は禁断の木の実を食べてしまったのです。
食べ終わるや否や、アーダムは気持ちが落ち込んでいくのを感じました。苦しみと悲しみと恥じらいを、突然に感じだしたのです。辺りの空気が変わり、その内から響いていた麗しい音楽が止みました。彼は自分と妻が裸であることに気付き、自分が男で、妻が女であることに気付きました。彼と妻は木の葉を千切り、互いの目から隠そうと身体を覆いました。そしてアッラーは、楽園から落ちるよう命じられました。
アーダムとハウワーは、楽園を出て地に落ちました。アーダムは悲しみ、ハウワーはいつまでも泣き続けました。彼らの悔悟が真摯なものだったので、アッラーはそれを受け入れて、地を住処とするよう伝えました。そこで生き、そこで死に、復活の日にそこを出るまで。
こうして地上での暮らしが始まりました。
土埃・・苦しみ・・疲れ・・。
楽園を出た時に安らぎと恵みを失ったのだということを、アーダムは思い知りました。
そこは地上なのです。寒暖や雨をしのぐため、家を作らなければなりません。食べるために、作物を育てなければなりません。衣類と武器で自分を守らなければならず、地上で暮らす動物や猛獣から妻や子供たちを守らなければなりません。そして、これらすべてのことより前から、そして後でも、イブリースとの闘いが続いていました。イブリースこそ、彼らが楽園から追放された原因だったのです。彼は地上でも彼やその子供たちに囁きかけます。終わることのない善と悪との闘いです。アッラーの導きに従う者には恐れも悲しみもなく、アッラーに逆い、火から創られたイブリースに従う者は、彼と共に火の中に入るのです。
地上での暮らしと共に始まった苦痛から、アーダムはこれらすべてを理解しました。ただ一つだけ、彼の悲しみを和らげたのは、彼が地上を治める者としてやって来たということでした。彼は地上を治め、住み、耕し、家を建て、生活し、暮らしをより良くしてくれる立派子供たちをもうけなければなりません。
地上は、人間の心を試すものです。わたしたちは皆、この試験に合格しなければならないのです。
歳月が流れ、地上に夜が訪れました。
強い風が吹きます。
アーダムが植えた古い木々の葉が揺れ、枝がしなり、そばの湖面に実が触れます。風が通り過ぎ木が元に戻ると、枝から水が滴り落ちます。まるで髪がほどけ、水に向かって泣いているかのようです。
木は悲しみ、枝を震わせていたのです。空には星が瞬き、月が固い大地の上に銀色の面を表します。月は何か偉大なものが地上にあるのを感じましたが、それが何か分かりませんでした。月はその光に命じ、地上に舞い降り調べるよう命じました。
月光は地上に降り、山々や川、海と大地を照らし、驚きました。これらすべての被造物が、自らに顔をうずめて泣いていたからです。月光はアーダムの部屋に入り込み、悲しみの理由を知ろうとしました。月光がアーダムの顔に降りると、青白く高貴な顔が浮かび上がりました。そして月は、アーダムが死ぬことを知るのです。
アーダムの部屋は、簡素な部屋でした。
木の枝と花の寝床の上で、白い髭をたくわえ穏やかな顔をしたアーダムが横たわっています。子供たちが皆彼の周りに立ち、遺言を待っています。アーダムは、人間を救うのはただ一隻の船であり、助けるのはただ一つの武器である、ということを子供たちに言って聞かせました。その船とはアッラーの導きであり、武器とはアッラーの御言葉です。
アッラーは人間を地上に一人ぼっちにはしない、と、アーダムは息子たちを安心させました。預言者たちを送り、導き救済して下さる、と。預言者たちは、その名前や奇跡、性格が様々であっても、ただ一つのことでは一致しています。唯一なるアッラーへの帰依を呼びかける、ということです。
これがアーダムの遺言でした。
アーダムは遺言を終え、目を閉じました。取り囲む天使たちが、それを見ています。その中に死の天使がいます。彼の心は深い平安に微笑み、天国の花の香りが彼の魂に吹きこみました。