エジプト人たちが1月25日に最初に考案したシュプレヒコールは「平和的に、平和的に」だった。そして参加を求めて呼びかける「やあ仲間たち、一緒にやろう」というのがあった。バルコニーからの見物を決め込んでいる人には、直接降りてデモに加わるようこう言った。「降りてきて! 降りてきて!」。
革命のシュプレヒコールは治安部隊の発砲より強かった。丸腰の者たちを殺した裏切り者の狙撃手たちよりも。発砲はやみ、警察は打ちのめされて退却した。一方でシュプレヒコールは終わらず、世界中がそれを聞いた。ホスニー・ムバーラクとその体制は聞こうとせず、気にもかけなかったが。今に至るまで、僕は疑問に思っている。なぜ統治者たちは民衆の声を聞かないのか? 民衆を下らない逸脱者だと思わず、その声に耳を傾け要求に応えたとしても、ムバーラクその人や腐敗した大臣たち、愚かな支持者たちにとって、どんな害があるというのだろう。
何年にも渡って人々がシュプレヒコールをあげていたが、誰も耳を傾けず、外国から金を貰っているとか、ムスリム同胞団の支持を受けているとか、イランやらヒズブッラーやらハマースの命令だとされた。
皆がデモや権利要求に賛同しないよう、体制はあらゆる種類の攻撃をしかけた。国営新聞の犬のジャーナリストたちをけしかけた。この編集長たち、ジャーナリストたち、おべっか使いは、体制転覆後皆んな掌を返した。自分たちのやった侮辱や扇動を否定し、命令だったと言い張った。そして有名な忌々しい言葉を使った。自分たちは「命令の奴隷」だったというのだ。
もしムバーラクが人々の自由への渇望に対し、ムバーラクも神ではなく皆の一人なのだと感じられるやり方で応えていたら、革命の暁にコテンパンにされることもなく、英雄になっていただろう。歴史的大統領として、偉大なる門から歴史に入る多くの機会があったろう。しかし彼は拒んだ。多くの人々が声を枯らして助言し、真の改革と根本的変革を呼びかけたのに。ボンボンのガマールが政治に近づき、コネで共和国大統領にさせるようなことがないように。チャンスがあったのに、ムバーラクはそのチャンスにも僕たちにも応えることを拒んだ。こうして、1月25日のシュプレヒコールは、最初は簡単な要求を叫ぶものだった。ムバーラクはこれを実行することができたのに、無視した。そこでデモは鋭さを増し、要求の天井はあがり、彼の辞任を求めるようになった。そして、彼とその利益享受者たちの願いに反し、これは達成された。
1月25日のシュプレヒコールが求めたのは簡単なことで、「自由の変革、社会的公正」、あるいは物価高に対する「やあ政府よ、踊れや踊れ、肉1キロをローンで買ってるぞ!」「ホスニーの旦那、ホスニーの旦那、肉1キロが100ギニー!」といったものだった。これは普通のシュプレヒコールで、サーダートの時代に肉1キロが6ポンドになった時にもあった。ただサーダートはこれに耳を貸さず、泥棒の決起と呼んで多いに敵意を買い、結局暗殺された。奇妙なのは、その時横に座っていたムバーラクが、何も学んでいなかったことだ。
民衆は、組閣されるや否や首相が「エジプト人民は民主主義に値しない」と発言するような政府にうんざりしていた。
この内閣の元でパン危機が起こり、パン屋に行列ができるのが当たり前になった。パン一枚が1ギニー近く、時には1ギニーになった。また同じ内閣の元でガス危機も起こった。イスラエルに国際価格よりもずっと安い価格でガスを提供し、エジプト人には高く売りつけていたのだ。
この内閣で、エジプトの借金は増し、保健状態は悪化し、数々の危機が起こり、インフレ率は増大し、汚職が増えて透明性が減った。
この日、「よぉ大臣さんら、エアコン切れよ、パンの一切れもないんだよ!」といったシュプレヒコールが続いたが、誰も耳を貸さなかった。夜11時に治安部隊が警棒で攻撃をはじめ、放水車がタハリールの座り込みに向けられた。こうして、アラブ諸革命の公式スポンサーのようなシュプレヒコールが生まれた。「民衆は体制転覆を求める」。腐敗体制の首脳部へと意識が向けられたが彼らは、民衆の要求に耳を塞いだ。そして問題を解決する代わりに、愚かにも酷い暴力をもって応えた。人々は、サラワト・アバーザの映画「ある種の恐怖」から拝借した「無効!」という言葉を繰り返しだした。これは映画の中で、村人たちが「アトリースとフアーダの結婚は無効だ!」と叫ぶところから来ている。民衆は「無効、無効!」と叫び、世界がエジプト人民の叫びを聞いた。
ホスニー・ムバーラク、無効!
ガマール・ムバーラク、無効!
アフマド・ナジーフ、無効!
ハビーブ・アル=アードリー、無効!
サフゥワト・シャリーフ、無効!
アフマド・イッズ、無効!
低俗国民党、無効!1
非民主主義、無効!
選挙なし、無効!
治安当局、無効!
さんざん殴られながらも、皆は叫んだ。「一人、二人、エジプト人はどこだ!2」。
デモ隊たちに対し警官は容赦なく、恐ろしい暴力をやめることはなかった。皆は警官たちに叫んだ。「よぉ警官さんよ、なぜ黙ってる、あんたの国じゃないのかよ!」。
シュプレヒコールは続き、決してやまなかった。あらゆる自由を要求し、汚職やムバーラク体制の仲間たちを批判した。高潔で文明的で、「平和的に! 平和的に!」と繰り返した。内務省やその筋のもの、その流れに乗って国を壊そうとするチンピラどもの行いを前にして、これは素晴らしいものだった。この時シュプレヒコールは、有名な次のようなものになった。「エジプトを愛するものなら、エジプトを壊さない!」。軍隊が町に出てきた時には、民衆は大歓迎した。エジプト人すべてを、犯罪者か、手荒く扱うのが相応しい前科者か何かのように思い込んでいる頭のおかしい警察たちとは全く違った。警察たちに侮蔑的シュプレヒコールを浴びせたのに対し、軍隊に対してはこうだった。「民衆と軍隊は一つ!」。
シュプレヒコールは続いた。これを見てみれば、エジプト民衆の素晴らしい天才性がよく分かる。短い文章に要求を詰め込み、世界中に聞かせたのだ。そこには革命の歴史があり、これを通じて誰でもエジプト民衆がムバーラク体制から受けていた侮蔑や辱めを知ることができよう。
ここで最も有名な革命シュプレヒコールをご紹介しよう。頭の中の明るいところに置いておくか、心の部屋の広いところに飾っておけば、どんな不正に見舞われた時でも、エジプト民衆に対する不正を思い出して、活用することができるだろう。3
「皆んなと一緒に声あげて! 俺らはまったく不正が憎い!」
「よぉガマール、親父に言っとけ! エジプト民衆はアンタが嫌いだと!」
「よぉガマール、本音で喋れ! アンタは俺らの代表なのか!」
「ムバーラクにノー、息子にノー! スペアもどっちも要らないぜ!」
「警官諸兄様様よ! その手で何人殺したよ!」
「革命革命、勝利まで! 全エジプトで革命だ!」
「目覚めよ心を震わせろ! 俺らのエジプトは見捨てない!」
「ぶっ壊せぶっ壊せ独占体制!」
「三ヶ月と十字架、反殺人、反拷問!4」
「ホスニー・ムバーラク、よぉスパイ! ガスを売ったら、お次はナイルか!5」
「さぁ一緒に続けて言おう! エジプトはずっと尊いままだ!」
「三ヶ月と十字架、ハビーブにノー6」
「エジプトはずっと尊いままだ! 裏切り者と泥棒がいても!」
「辞めろ辞めろ、どっか行け! 俺らの国に光くれ!」
「声をガンガン上げていけ! 人民は自由、恐れない!」
「殴れ殴れ、ハビーブさんよ! いくら殴ってもやめないぞ!」
「要らない要らない、お前の犬は! 要らない要らない、監獄要らない!」
「目覚めよエジプト、光のもとに! 日に日にアンタが食われるぞ!」
「革命革命、どこでも革命! 侮辱に反対、下劣に反対!」
「革命だ、さあエジプト人! 裏切り者を追い出すために!」
「逃げろ逃げろ、ガマールよ! お前と親父はクソヤロウ!」
「声出せ声出せもっと出せ! 声を出してりゃ死なないぞ!」
「声出せ声出せもっと出せ! 臆病者に聞こえるように!」
「ホスニー・ムバーラク、恥知らず! アイツとガキどもは聞いちゃいない!7
「ホスニー・ムバーラク、冷血漢! エジプト人民は奴隷じゃない!」
「声出せ声出せもっと出せ! 体制はビビって死にかけだ!」
「全人民が叫んでる! ホスニー・ムバーラク出てけって!」
「腎臓売って血も売った! 俺らと家族は物乞いだ!」
「警棒やめろ! 警棒やめろ! 御大将とその犬よ!」
「尊厳と自由! 全エジプト人の要求だ!」
「解放解放! 警棒支配と不正から!」
「エジプトは俺らの国、空き地じゃない! カッパライとコソ泥め!」
「エジプト警察、エジプト警察! お前ら宮殿の犬なのか!」
「心を開け、自由に向けて! エジプトはずっと尊いままだ!」
「お巡りさんよ、どういうことよ! 俺らがいるのは監獄か!」
「スエズで起きたありゃ何だ! 彼らは同胞だ! クソヤロウ!」
「俺たち相手は威勢がいいな! 国境地帯じゃボコボコだけどな!」
「三ヶ月は十字架と共に! 明日にはホスニー、お前以外を!」
これらのことすべて、すべての要求、すべての国際的呼びかけ、すべての平和的シュプレヒコールにも関わらず、ムバーラクは辞めなかった。おかしなことだ。そこでシュプレヒコールは、ムバーラクとその体制、その仲間たちを馬鹿にし嘲るものになっていき、ますます鋭さを増した。
「ヘブライ語で言ってやれ! アラビア語だと分からないぞ!」
「辞めろ辞めろ、臆病者! よぉアメリカの手先めが!」
「辞めろ辞めろ、ムバーラク! テルアビブが待ってるぞ!」
「辞めろ辞めろ、スレイマーン! 俺たちゃアンタも要らねえよ!」
「よぉムバーラク、よぉフィルアウン! すべての書物で呪われろ!8」
「エジプトの天と地に誓う! ムバーラクが滅ぼすと!9」
「頑張れ国よ! 自由が産まれる!」
「ヤツらは最新ファッションで、俺らは一部屋十人だ!10」
「革命革命、若者よ! 嘘つき君主に革命だ!」
「エジプト人民の革命だ! 独裁君主に革命だ!」
「党派も宗派も関係ない! 俺たちゃ一つの愛国者!」
「ヤツらは鶏肉、ケバブを食う! 俺たちゃ土塊みたいな貧乏!11」
「オッサン辞めろ! 人の血見せろ!」
「ヘラーワヘラーワヘラーワヘラーワ! ホスニー・ムバーラク最後の夜だ!12」
「革命革命、勝利まで! エジプトすべてで革命だ!」
「ミシスルヒー、大統領に言え! 釘入りパンはゴメンだと!(ミシスルヒーとは、社会連帯相アリー・アル=ミシスルヒーのことで、食糧事情悪化の責任者。パンに釘や木くず、砂利が混ざる有様だった)」
「お前を見過ごしはしない! 愛しいアル=アドリーも!13」
「内務省なんて怖くない! エジプトは尊い我らが国!」
「俺らの革命、民衆革命! 反ムバーラク、泥棒野郎!」
「三ヶ月と十字架! やめろ、拷問大統領!」
「一千万失業者の名において! お前の体制はダメだ、ムバーラク!」
「全人民がコリゴリだ! 不潔なムバーラクにノー!」
「この広場こそが革命拠点! 国民党は外だ! 外だ!」
「変革のための革命だ! ヤツらはタハリールで仲間を殺した!」
「よぉムバーラク、クソヤロウ! エジプトの血は安くない!14」
「よぉムバーラク、もうお終いだ! 手ぶらに裸足で辞めちまえ!」
「人民と軍が手に手をとって、エジプトは入る、新しい世に!」
「民は尊し、民は尊し! すべては偉大で偽善なし!」
「おお陸軍よ、陸軍よ! 汝に千の祝福を!」
「最後の航空出撃で、サウジアラビアへ一直線!15」
「党派も同胞団もない! 全人民は広場にいる!」
「忘れない、忘れない! 殉教者たちの血を!」
「サウジアラビアは大損害! イスラエルがお前を庇護するからな!」
「ハッルーヤハッルー! 人民すべてがお前を追い出す!16」
「よぉムバーラク、圧制者! 死んでもお前は要らないぜ!」
「東西とか言うけれど、俺らは主に助けを求む!17」
「もう人民に嘘は沢山! 嘘つきは出ていくしかない!」
「百万人が言っている! 出て行け出て行け、恐れはしない!」
「自由な政府を! 暮らしが酷い!」
「よぉムバーラク、飛行機乗りよ! 700億はどこからだ!」
「1、2、人民の金はどこだ!」
「お前は要らない! お前は要らない! 俺らの間には殉教者たちが!」
「辞めろってのは、出てけってことだ! 物分りの悪いヤツめ!」
「俺らは辞めない! 出ていくのはヤツだ!」
「座り込み、座り込み! 体制転覆の時まで!」
「エジプトは自由! お前は外!」
「出てけってのはGOってことだ! 分かんないのかオッサンよ!」
「出て行け! 血は沢山だ!」
「民衆・・終わった! 体制は転覆した!」
「民衆は体制の裁判を求める!」
「よぉスーザーン、旦那に言え! 四半世紀は沢山だ!」
「よぉスーザーン、旦那に言え! レンズ豆1キロ10ギニー!」
「ムバーラクは何がしたい! 足にキスでもして欲しいのか!」
「ゼーンよムバーラクに言ってやれ! サウジアラビアが待ってると!18」
「明日には言う、かつて圧政があったと、それは去ったと! ムバーラクがジェッダに行ったなら!」
「ムバーラクをどけて羊を置け! 良く統治するかもな!」
「やぁムハンマド、やぁボーラス! 明日にはエジプトがチュニジアだ!19」
「ムバーラクよ、出て行け出て行け! 自由なエジプトが欲しい!」
「出て行け出て行けフィルアウン! それが8,000万の願いだ!」
「おぉ自由よ、どこだ、どこだ! ホスニー・ムバーラクが邪魔してる!」
「ホスニーの旦那、ホスニーの旦那! なんでガザを封鎖したんだ!」
「砂糖も油も値上がりだ! 明日には家具でも売るしかない!」
「エジプトとチュニジアは尊きかな! どっちも君主が出ていくかな!」
「やぁ政府よ、踊れや踊れ! 明日にはエジプト人民がチェックメイトだ!」
「国を売ってガスを売る! ヤツらはガスを燃やしたいのか!」
「ヤツらは鳩と鴨を食う! 全人民は弾圧を食う!」
「人民は体制の裁判を求める!」
- リァル・ュリイリィ リァル・畏ァリキル渇コ劣政党「ヒズブルワーティー」とだけ言っているが、これはリァル・ュリイリィ リァル・畏キル・轄走ッ党の「ヒズブルワタニー」とかけている [↩]
- 同じエジプト人を何故殴る、の意。 [↩]
- 以下のシュプレヒコールの多くは、韻を踏んだシャレの利いたもので、とてもリズムが良い。翻訳では残念ながらほとんど反映することができないため、せいぜいリズムを整えて調子が良くなるようにしてみた。 [↩]
- 三ヶ月はイスラームの象徴、十字架はキリスト教の象徴。 [↩]
- イスラエルに天然ガスを廉価で提供したことを言っている。次はナイルを売り渡すつもりか、という皮肉。 [↩]
- 当時の内務大臣ハビーブ・アル=アードリーのこと。 [↩]
- ムバーラクとその家族のこと。 [↩]
- フィルアウンとはファラオのこと。 [↩]
- アブドゥルハリーム・ハーフィズの歌をもじっている。 [↩]
- ル・畏カリゥモーダ(流行)とリ」ル畏カリゥオーダ(部屋)をかけている [↩]
- ル・アリァリョ ル・ィリァリィ ル・ィリァリィをかけている [↩]
- 子供の歌の文句を使っている。特に意味はない。 [↩]
- 内務大臣ハビーブ・アル=アードリーのことだが、ハビーブは「愛しい人」の意味なので、ムバーラクに対して「お前の愛しい人」と使っている [↩]
- リョリウル韓ウとリアリョル韓オをかけている [↩]
- ムバーラクは10月戦争に空軍で活躍したことで知られ、治世の時代、「最後の航空出撃で・・」というフレーズのあるムバーラクを称える文句が様々な場面で聞かれた。サウジにさっさと亡命してしまえ、ということ。 [↩]
- ラマダーンの時の歌と、「彼を追い出す」という言い方がかけられている [↩]
- 東西というのは韻を整えるための言葉で意味はない [↩]
- ザイン・アル=アービディーン・ベン・アリーのこと。サウジアラビアに亡命した。 [↩]
- ムハンマドはムスリムの代表的名前、ボーラスはコプト教徒によくある名前 [↩]