ダーウド(彼の上に平安あれ)

シェアする

 ムーサー(彼の上に平安あれ)が亡くなってから、多くの年月が流れました。
 ムーサーの後、イスラーイールの民は敗れました。聖なる啓典タウラーは失われ、敵に踏みにじられ、世は荒み、人々は地上でちりぢりになっていました。
 ある日、人々は一人の預言者1を訪れ、言いました。
「我らは悪しき者たちなのだろうか」
 彼は言いました。
「いや」
 彼らは言いました。
「我らは流浪の者たちなのだろうか」
 彼は言いました。
「いや」
 彼らは言いました。
「アッラーの道のために戦い、我らの土地と栄光を取り戻すため、我らの陣頭に立ってくださる王を授けられたい」
 彼らの中で最も博識であった預言者は言いました。
「もし戦いの運命が下れば、あなたがたは戦うのか」
 彼らは言いました。
「家を追われ、子供たちからも離れ、ひどい目にあって、どうしてアッラーの道のために戦わないだろうか」
{預言者はかれらに、「誠にアッラーは、タールートをあなたがたの上に、王として任命された。」と言った 2-247}
{かれらは言った。「かれがどうして、わたしたちの王になれようか。わたしたちこそ、かれよりも王に相応しい」 2-247}「豊かでもないし、我らの中には彼より豊かな者もいる」
 彼らの預言者は言いました。
{アッラーは、あなたがたの上にかれを選び、かれの知識と体力を強められた。アッラーは御心に適う者に、王権を授けられる 2-247}
 彼らは言いました。
「彼の王権の印はありますか」
 彼は言いました。
「敵に奪われたタウラーが、あなたがたの元に戻るだろう。天使たちが運んでくるのだ。それが彼の王権の印だ」
 この奇跡は実現し、ある日彼らの元にタウラーが戻りました。タールート(サウル)の軍隊が編成され、ジャールート(ゴリアテ)と戦う準備が始められました。ジャールートは強靭で横暴で、誰も打ち負かすことができず、誰も傷つけることができず、最も勇敢な兵すら恐れていました。
 タールートの軍勢が整うと、軍は砂漠と山々を進み、その行軍の長さに兵は乾きを覚えました。
 タールート王は兵たちに言いました。
「これから道すがら川にぶつかるだろう。そこから飲んだ者は、軍から外れることになる。その水を味わない者、一掬いにとどめる者のみ、我と共に軍に残る」
 川にぶつかり、ほとんどの兵は水を飲んで、軍から脱落してしまいました。タールートは、軍の誰が従い誰が背くのか、誰が強く乾きに耐えるのか、誰が弱くすぐに降参してしまうのか、見極めるため、この試練を与えたのです。
 タールートは小声で言いました。
「今や誰が臆病者なのかはっきりした。我と共に残るのは勇敢な者だけだ」
 確かに兵の数は減りましたが、軍で大切なのは士気と信仰であり、数や武器ではありません。
 決戦の時が来て、タールートの軍は、敵ジャールートの軍と対峙しました。
 タールートの兵力は少なく、敵は数も多く強力でした。タールートの軍の弱い者たちは、こう口にしました。
「この強力な軍隊をどうやって打ち負かすというのか」
 タールートの軍の信仰篤き者たちは言いました。
「軍の要は信仰と士気だ」
 鉄の鎧を着て、剣と斧と短刀を携えたジャールートは、抜きん出ていました。彼は挑戦者を求めましたが、タールートの兵は皆恐れてしまいました。ただ、タールートの軍から、羊飼いの少年のダーウドが挑みました。ダーウドはアッラーを信じる者で、彼はアッラーへの信仰こそが真の力だと知っていました。大事なのは、武器の数でも身体の大きさでも、見た目でもない、と。
 ダーウドは、ジャールートと戦う許しをタールート王に求めました。
 最初の日、王はこれを拒みました。ダーウドは兵士ではなく羊飼いの少年で、殺し合いも戦争も経験がなく、剣も持たず、ただ羊を追うための一欠片のレンガしか持っていなかったのです。にも関わらず、ダーウドは、アッラーこそがこの世界での真の力の源泉だとわかっていました。アッラーを信じる者なら、ジャールートよりも強いのです。
 二日目が来て、ダーウドはジャールートとの戦いの許可をまた求めました。追うは許し、言いました。
「もし彼を殺せば、軍の司令官となり、わたしの娘を嫁がせよう」
 ダーウドは、そんなことは気にかけていませんでした。彼がジャールートを倒したかったのは、ジャールートが横暴で邪悪な男で、敵であって、アッラーを信じない者だったからです。
 王はダーウドにジャールートと戦うことを許しました。
 ダーウドは、杖と五個の石と、投石器と羊を追うのに使っていた矢を手に進み出ました。完全武装し鎧を見にまとったジャールートも前に出ました。彼はダーウドを嘲笑し馬鹿にし、笑っていました。ダーウドは投石器に石をつがえると、力強く引き、発射しました。
 アッラーへの愛ゆえ、風はダーウドを味方しました。風が石をジャールートの額に送り込み、絶命させました。ジャールートは地に崩れ落ち、ダーウドは前に進み出て彼の剣を取り、ジャールートとその軍の敗退を宣言しました。
 ダーウドは王国で一番有名な男になりました。軍の司令官となり、王の娘と結婚しました。しかし、ダーウドは嬉しくありませんでした。有名になることや、栄誉や権威に興味がなかったのです。彼が愛した唯一のことは、アッラーを賛美することで、その美声でアッラーの栄光を称えることでした。アッラーに仕え、感謝し、有難味を忘れることがありませんでした。そのため、ジャールートを倒してから、ダーウドは姿をくらましたのです。
 彼は砂漠や森に赴き、その真中でアッラーを賛美しました。
 彼の声はこの世で最も美しく、アッラーへの愛がさらに滑らかさと麗しさを増していました。アッラーはダーウドを預言者として選ばれ、多くの恵みを与えました。
 彼に与えられた詩篇は、タウラーのような聖なる書でした。ダーウドはこの書を詠み、アッラーを賛美しました。ある日、山の中でアッラーを賛美している時、ダーウドは山々がアッラーを讃えていることに気付きました。ダーウドは、夕には日暮れと共に、朝には夜明けと共に、アッラーを讃え、偉大なる聖歌を詠じていたのです。
 アッラーの書のアーヤを詠じていて、山々がアッラーを讃えているのに気づいたのです。彼の声がこだましているのではありません。こだまは同じ声を繰り返すだけですが、山々は彼の詠じるアーヤを続けて詠んでいたのです。時には、彼が黙ると山々がその続きを詠みました。アッラーを讃えていたのは山々だけでなく、鳥たちも一緒に賛美していました。ダーウドが聖なる書を詠み始めると、彼の周りには鳥や獣や木々や山々が集まり、アッラーを賛美しその栄光を讃えたのです。
 ダーウドの誠実さだけが、山々や鳥たちをしてアッラーを賛美させしめたわけではありません。その声の美しさから、他の被造物たちも賛美しました。本当にそれはアッラーの奇跡で、彼には預言者としての偉大な信仰とアッラーへの誠実なる愛が備わっていました。奇跡はこれだけではありません。アッラーは彼に、鳥や動物たちの言葉を理解する能力を授けられました。ある日座って瞑想していると、小鳥が他の小鳥に話しかけているのが聞こえたのです。彼は、小鳥の言葉がわかることに気付きました。アッラーが彼の心に光を投げかけ、鳥と動物の言葉が分かるようになったのです。ダーウドは鳥や動物を愛し、慈しみ、病気になったときは治療してやりました。鳥の言葉と共に、アッラーはダーウドに叡智を授けました。アッラーがダーウドに何かを教えたり奇跡を授ける度に、彼のアッラーへの愛も、感謝も、信仰も、崇拝も、増し、一日ごとにサウム(断食)を行うまでになりました。
 アッラーはダーウドを愛され、彼に偉大な王権を許しました。彼の民の抱えていた問題は、その時代に頻発していた戦争でした。その頃、鎧職人の作る鉄の鎧は、重くて戦士が思うように動けませんでした。
 ダーウドはある日、鉄の欠片を弄んびながら、この問題について考えていました。ふと、手が鉄に潜り込んでいくのに気付きました。アッラーが鉄を柔らかくされ、彼はそれをちぎって形作り、つなげていったのです。ついに、新しい鉄の鎧が出来上がりました。鉄の鎖からできた鎧で、これなら戦士たちは自由に動くことができ、しかも剣や斧や小刀から身を守ることができます。その時代にあった鎧よりずっと良いものでした。
 ダーウドはサジダしアッラーに感謝しました。
 彼は新しい鎧の製造を始めました。出来上がると、彼が司令官をしていた軍に与えました。ダーウドとその軍の敵は、剣がこの鎧に通用しないのに気付きました。彼らの鎧は重く、しかも剣が突き抜けてしまいました。動きにくい上身を守ることもできず、ダーウドの作った鎧とは正反対でした。
 ダーウドとその軍が敵が戦う度に、彼らは勝利しました。戦いを始めれば、必ず勝利は彼のものとなりました。彼はこの勝利がアッラーによるものだとわかっていました。ますますアッラーに感謝し、賛美し、愛しました。
 アッラーがその預言者または下僕を愛されると、人々も彼を愛するようになり、受けいられるようになります。人々はダーウドを愛し、鳥や動物や山々も彼を愛しました。ダーウドは、この時代に最も人々に愛され、鳥たちや山々にも愛された人物でした。
 この様子を見た王は、嫉妬にかられ、ダーウドを拷問にかけ殺そうとしようし、彼を討ち取るための軍隊を準備しました。ダーウドは王が嫉妬しているのを知りましたが、彼とは争いませんでした。彼は王が眠っている間にその剣を取り、王の服の一部を剣で切り落としてから、彼を起こして言いました。
「王よ、あなたはわたしを殺そうとされました。わたしはあなたを憎まないし、殺したくもありません。もし殺そうと思えば、眠っている間にできたでしょう。これは、あなたが眠っている間に切り落とした服の切れ端です。代わりに首を落とすこともできたでしょう。しかしわたしはそうしませんでした。誰も傷つけたくないのです。わたしが伝えたいのは、愛であって憎しみではありません」
 王は自らが間違っていたと気付き、ダーウドに許しを請いました。彼は立ち去りました。
 日々が過ぎ、この王はダーウドの参加していなかった戦いで命を落としました。王は嫉妬していて、彼に助けを求めなかったのです。その後、ダーウドは王となりました。人々は、彼の為すことはすべて彼らのためになる、と言い、彼を王に選んだのです。こうしてダーウドは、アッラーに遣わされた預言者であると同時に、王となったのです。ダーウド王は、ますますアッラーに感謝し、崇拝し、善を愛し善を為し、貧者を慈しみ、人々の益と安らぎを守りました。
 アッラーはダーウドの王権を強め、常に敵に勝利させしめました。その王権を強く偉大にさせ、戦わずして敵を恐怖させるまでになりました。アッラーはダーウドへの恵みを増され、彼に叡智と弁舌の巧みさを与えられました。アッラーは彼を預言者にして王とされ、叡智を授け、偽りから真理を見抜く力と真の知識と援助を与えられました。
 ダーウドには、スライマーンという息子がいました。スライマーンは、子供の頃から賢い子でした。
 この問題が起きた時、スライマーンは十一歳でした。
 ダーウドがいつものように、人々の問題を裁定していると、畑の持ち主の男が、もう一人の男と一緒にやって来ました。
 畑の持ち主が言いました。
「預言者様、この男の家畜が夜の間にわたしの畑に入り、葡萄をすべて食べてしまったのです。賠償の裁定を頂戴しようと、やって参りました」
 ダーウドは家畜の持ち主に言いました。
「あなたの家畜がこの男の畑のものを食べてしまったというのは、本当か」
 家畜の持ち主は言いました。
「はい、閣下」
 ダーウドは言いました。
「では、家畜の食べた作物に代えて、この男に家畜を与えるよう、裁定を下す」
 その時、スライマーンが言いました。アッラーは既に彼に叡智を与え、父の叡智を受け継いでいたのです。
「父上、わたしに別の考えがあります」
 ダーウドは言いました。
「スライマーンよ、言ってみるがよい」
 スライマーンは言いました。
「家畜の持ち主は、家畜が食べてしまった畑を借り受けます。そしてこの畑を耕し、葡萄の木が育つまで耕作します。畑の持ち主には、家畜を与え、羊毛を取り、食べられるよう育てます。葡萄が育って元通りになったら、畑を返させます。畑の持ち主は畑を取り戻し、家畜の持ち主は家畜を取り戻すのです」
 ダーウドは言いました。
「これは素晴らしい裁定だ、スライマーンよ。アルハムドリッラー、アッラーがこの叡智を授けて下さった。スライマーン、お前は真の裁き手だ」
 ダーウドは、アッラーの近き者でその愛を受けていましたが、常にアッラーより学んでいました。アッラーは、双方の言い分を聞くまでは決して裁定を下してはならない、と彼に教えられていました。
 ある日ダーウドは、いつもアッラーに礼拝を捧げる場所に座っていました。この部屋に入る時は、礼拝の妨げとならないよう、誰も入れてはならない、と衛兵に命じていました。ところがこの日、部屋に二人の男がいて、ダーウドは驚きました。誰も入れてはならない、と命じたのに、彼らがいることで、ダーウドは恐れを抱き、尋ねました。「あなたがたは誰ですか」
 一人の男が言いました。
「閣下、恐れないで下さい。わたしとこの男の間で諍いが起こり、裁定を頂戴しに参ったのです」
 ダーウドは尋ねました。
「その問題を言ってみなさい」
 一人目の男が言いました。
{これは、わたしの兄です。かれは99頭も雌羊を持っており、わたしは(只)1頭しか持っていませんでした 38-23}「そしてその一匹も取り上げてしまいました。それをよこせと言って、取り上げてしまったのです」
 ダーウドは、もう一方の言い分を聞く前に、こう言いました。
{かれがあなたの羊を、取り込もうとしたのは、確かに不当です 38-24}「共にことに勤しむ者たちは、正直でなければ互いに互いを欺いてしまうものなのだ」
 突然、ダーウドの前から二人の男が消えました。雲がかき消えるように、消えてしまったのです。ダーウドは、二人の男が、彼に教えを与えるためにアッラーの遣わされた天使だと、悟りました。すべての者の意見を聞く前に、裁定を下してはならない、と。おそらく、九十九匹の羊の持ち主には、理があったのでしょう。ダーウドは頭を垂れルクアし、アッラーにサジダし、赦しを請いました。
 そして二度と、全員の意見を聞く前に裁定を下すことはなくなりました。
 ダーウドは、死ぬまでアッラーを崇拝し、賛美し、アッラーへの愛を詠み、その栄光を讃え続けました。そしてスライマーンがダーウドを継ぎました。

  1. サムーイール(サムエル)のこと []