エンガチョ日本

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 皆さん薄々分かっていると思いますが、web上や海外メディアなどを眺めていると、地震と津波までは同情的だった大衆イメージが、原発で一気に崩れ去っている感があります。実際問題として「人災」なので、当たり前と言えば当たり前ですが、それ以上に印象が転換したように見受けられます。
 日本でも、放射能と放射線の区別がつかない、という人は別に珍しくないし、ほとんどの人が正確な知識を持っているわけではありません(もちろんわたしも深い知識などない)。比較的原子力に縁の深く、教育水準の高いこの国ですらそうですから、世界的に見れば、一般大衆はほとんど何の知識も持っていないと思って間違いないでしょう。
 わたしの直接の知り合いでも、それなりに教育のあるエジプト人が1、核爆発と原発事故の区別がついておらず、原発のある国なら当然核兵器も持っているだろうと思っていたり、自然界でも元々微量の放射線が観測できることを知らなかったりしました。
 そうした多くの人々にとって、ホウシャノウというのは「何だか分からないけど危険で邪悪なもの」です。伝染すると思っている人も沢山いるでしょう。
 この「邪悪」というのが重要です。放射能に善も悪もあるわけがないのですが、人類の九割以上は、価値判断というものを強烈に世界に織り込むものなのです。これは彼らがアホだからではなく、それなりに根のある大切なことなのですが、ここでは長くなるので割愛します。
 何が言いたいかと言うと、これから日本人は、日本人というだけで何だかよく分からないものに汚染されているんじゃないか、近寄ると伝染るんじゃないか、と思われる可能性が結構ある、ということです。
 もちろん、一定以上の知識(そんなに高い知識は要らない)のある人は別ですし、人間関係があれば忌避されるようなことはないでしょうが、少し離れたところから眺めている人たちは、とりあえず「エンガチョ」だと感じておかしくありません。日本大衆が「第三世界」の人々に恐ろしく冷たいように。
 今現在、日本国内では、まず被災地域を救うこと、原発を何とかすることで、それを乗り越えても原子力災害被災地域についての風評被害と戦わないといけないのですが、もうちょっと大きいスケールで考えると、「風評被害」の対象になるのは原発周辺だけでなく、日本そのものだということです。大体、日本人以外で福島県という名前やその位置を知っている人なんて、まずいないのですから(日本そのものの位置だって相当怪しい)。
 特にアラブ世界では、日本というとヒロシマ・ナガサキというイメージが非常に強いです。これはマイナスな意味で言っているのではなく、「あのアメリカに果敢に挑み、挙句に原爆を落とされた」というイメージが未だに強いのです。「日本で子供が少ないのは原爆の影響だ」と真顔で言われたこともありますし、現在もヒロシマ・ナガサキの影響が日本中に残っていると思われていたことが何度も(一人ではない!)あります2。彼らの多くは、「原爆」と「原子力発電所」をリンクして、というか混同してないまぜに理解していて、日本で核の何かが起こったといったら、特別深く刷り込まれるはずです。ヒロシマの影響が残っていると思うような人達ですから、フクシマのホウシャノウも今後千年日本列島を覆うと考えて不思議ではありません。
 これらは勿論、間違った理解、間違った(少なくとも不正確な)知識ですが、世の大衆というのはそういうイメージで動くものでしょう。わたしの知っている範囲で、日本は依然「高い技術」で「高いけど壊れないし、壊れても修理できる」というイメージを持っている人が多いです。このイメージは、日本にとっては都合の良いものですが、本当のところどうなのかというのは、分かったものではありません3
 一旦エンガチョ化されてしまったら、これを覆すのは容易ではないでしょう。口で説明して分かってもらえるくらいなら、最初からエンガチョ的価値観で測られたりしません。主がお望みであれば、遠からぬ将来に払拭はできるでしょうが、少なくともそれまでは、上履きを履くときは画鋲に気をつけた方が良いでしょう。
 
 昨日も書きましたが、天災が主の意志によるものでも、その意図、意味を知ることはわたしたちにはできません。あるいは、意味を決するのは「試されている」人間集団なのかもしれません。そういう意味では、地震や津波が天災でも、「震災」は一種の社会現象なわけで、まして原子力災害などというのは、人間が作り出したもの以外の何者でもありません。神様のテストに、わたしたちが最低の回答を書いてしまった、というだけでしょう。
 個人的には、この期に及んで生活水準の維持などとほざいているのは愚昧の限りで、相当の犠牲を払ってでも、原子力政策の決定的転換をもって世界的な先陣を切って(もう先陣じゃないか・・)みせないと、エンガチョはなかなか外せないんじゃないかと思っています。
 
追記:
 福島の避難者を“宿泊拒否” NHKニュース

厚生労働省によりますと、福島第一原発の事故を受けて福島県から避難した住民が周辺のホテルや旅館に宿泊しようとしたところ、拒否されたという苦情や相談が、18日に少なくとも3件寄せられたということです。

 福島県民が早くも国内でエンガチョ化されているようですね。流石にこんな愚行は早期に収まるかと思いますが、日本の対外イメージの方は、知らないだけに深く静かに刷り込まれることでしょう。
 個人的な考えですが、こうしたことになった責任は、勿論東電や国にもありますが、わたしたち全員にあるかと思っています。「危機も収まらぬうちから、それ見たことかと原発反対か」と言われるでしょうが、別にわたしは反原発活動家でも何でもないし、これで原子力政策も転換できないようでは、もうこの国も終わりだと考えているだけです。わたし自身は、震災の有無に関わらず移住を考えていたくらいなので、どの道国は捨てる気ですが、一ミリ程度は愛国心もありますので、ここで皆が一丸となってひもじくても原発のない世界を目指してくれたらいいなぁ、くらいに期待しています。
 どこで暮らしても傍から見れば所詮は日本人、外に出るほど尚更エンガチョでしょうしね。

  1. 日本大衆は、欧米列強以外の国の知的水準を激しく過小評価していますが、いわゆる第三世界の知識人は、一般にとても頭が良いです。逆境の中ではいあがってきたのですから、当然でしょう。わたしの友人はそんなエリートではなく、普通に大学出ている程度ですが、日本の一般大学生や大卒とは意識が全然違います []
  2. ある知り合いには、「日本はアメリカへの憎しみから核兵器を持ったが、それが地震で爆発して今困っている」というすごいストーリーを聞かされて参った []
  3. ちなみにこれに対して、中国製品のエジプトでのイメージは「安かろう悪かろう」ですが、日本にあるほとんどの中国製品はそんなに悪いものではありません。ただ、エジプトにある中国製品と、日本にある中国製品の質が著しく違うのです。もちろん、日本の基準が厳しいせいです。エジプトの中国製品は確かに酷いものが多々あります。電池買ったら最初からなんか軽くて全く使えなかったり、ちょっとあり得ないレベルです。こうした国に対しても、高くても一定の質を維持したものしか売りつけない、という日本企業のブランド戦略は成功している思います []



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