安全圏の臨界、適切な主人としての振る舞い

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 以前、確かインド在住の東大生だかの女性が、自身のブログで「乞食のくせに」という表現を使って、「炎上」を招いたことがありました。
 その記事自体は読んでいませんし、詳しい事情は知りません。また、そういう表現を不用意にブログに書いてしまった彼女は、日本語ネットでの振舞い方に落ち度があったと言えるでしょう。しかし、そういう言い方をしてしまう彼女の気持ちは理解できますし、またそれくらいの「上から目線」が、むしろある種の「倫理」として必要な場面もあると思っています。
 日本は幸いなことに割と豊かな国で、今では「乞食」の類を見かけることもほとんどないですし、チップやバクシーシをせがまれて辟易する、ということもありません。
 しかし、一歩国の外に出ると、そういう場面が日常であり、かつ一々応じていたらキリがない、という国も沢山あります。金払いの良いうちはニコニコしているけれど、ちょっとケチった途端にすごい罵声を浴びせられることも少なくありません。「任意の筈の料金を支払わなかったことで、なぜこれほど酷い扱いを受けるのか」と理不尽さに悩むこともしばしばです。
 エジプトには非常に貧しい暮らしをしている人が沢山いますし、そうでなくてもバクシーシの風習があります。貧しい人を救いたい、「階級」の垣根を越えて仲良くしたい、そういう気持ちは尊いと思いますが、はっきり言えば日本のボンボンリベラル左翼的発想でしかないし、お上品な上流おばちゃま思想に他なりません。這い上がってくるものを足で蹴落とし、主人が主人として「下のもの」を扱うことで、初めて保たれる秩序もあるのです。

 先生と一緒にカイロの街を歩いていた時、バクシーシをねだる子供がしつこくまとわりついてきたことがありました。その時、先生は言葉こそ丁寧でしたが、普段の穏やかな様子からは想像できない鬼のような形相で追い払い、見ている方が怖くなるほどでした。残酷なようですが、それくらいしないと付け上がって収拾がつかなくなるのも現実なのです。
 子供を睨み付けたり、低層の労働者に「上から目線」でものを言うのは、気持ちの良いことではありません。誰だって「優しいわたし」でありたいものだと、少なくともわたしは思います。でも、鬼にならないと保てない秩序もあるのです。
 恵まれた環境で育ってきた多くの日本人には、なかなかこういう切り替えができません。切り替えるとしたら、心の中でも「この乞食めが」くらいの勢いをつけないと、「正しき主人」として振舞えないこともあるでしょう。それをほとんど日本人しか読まない媒体に赤裸々に書いてしまうのは不用意すぎますが、一方でそうした現実を知らないで安全圏からだけ非難するのも、一方的に感じます。

 そういうわたしも、「安全圏」にいます。お金があるからこそ、快適な環境で生活し、安全な水と食べ物を口にできるのです。
 「安全圏」自体が悪なわけはありません。重要なのは、自分が所詮「安全圏」にいることを自覚し、その「安全圏」に対して責任を負うことです。時には残酷な振る舞いをすることも、わたしたちの「安全圏」を守るためには必要でしょう。
 少なくともわたしは、「安全圏」を死守したい。その上でできることなら、世の中を良くしてきたいとは思いますが、自分の身やファミリーを守ることが最優先です。
 だからといって、先制攻撃的に「安全圏」の外に蹴りを入れるのは愚かな行為です。やり方を間違えれば、逆に「安全圏」が脅かされる結果を招きます。そうした過ちは、結局のところ、「安全圏」とその外が隣接する世界を知らないことからくる、「適当なあしらい」の未習熟に由来するものでしょう。米国のイラク政策などは、それが端的に表れた例ではないかと思います。ヒステリックな排除は、逆に危険を招き入れるだけです。
 「安全圏」の中でしか暮らしたことがなければ、その臨界に日常的に接する世界に出た時、非常なストレスを受けることになります。わたし自身がそうですが、もう誰が味方で、誰が敵なのかわからなくなるのです。疑心暗鬼になり、ヒステリックな反応を返したくなります。
 まったくスケールは違いますが、イラクに駐留する米軍兵士の気持ちがちょっとだけわかる気がします。米軍のイラク侵攻は許しがたい行為ですが、トップの無知蒙昧から前線に立たされた兵士も、ある種の被害者です。彼らが狂気のような無方位な暴力に走ってしまったのも、故なきこととは思えません。逆説的にも、「狂気」に陥られなければ「正気」を保てなかったのでしょう。

 主人として振舞うのはしんどいし、難しいことです。しかし、もしも「安全圏」を守りたいなら、「安全圏」の外を知り、臨界での「適切な主人としての振る舞い」を身につけるしかありません。
 まずそこから始めなければ、安全圏を広げることも、垣根を取り払うことも、夢物語にすぎないのではないでしょうか。



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