アラビアンナイト―文明のはざまに生まれた物語 (岩波新書) 西尾 哲夫 岩波書店 2007-04 |
アラビアンナイトがヨーロッパにとっての他者の表象にすぎず、アラブ文学というより「ヨーロッパ文学」であることは自明にしても、他者像に変遷やそれを生み出した時代背景と思想、さらにアラブ世界における「逆輸入」には興味をそそられます。本書はアラビアンナイトの成立や受容のされ方、さらに日本への伝播について、一般向けにドラマチックに解説してくれている一冊です。様々な底本の成立過程は推理小説のようです。
わたし自身はアラビアンナイトそのものには特段の興味がなかったため、最も関心があった「逆輸入」への言及がなかったことが残念ですが、アラビアンナイトの「パーツ化」(物語の一部が部品としてゲーム等に取り込まれる)などのメディア論的側面はなかなか楽しめました。
本書口絵には、ウォルター・クレーン(Walter Crane)による「アラジン」像が収められているのですが、これが相当に面白い。
中国と日本がミックスされて、昔のハリウッド映画に登場する間違った日本人イメージのようですが、どことなくエロティックです。アラジンが中国人というのは間違いではなく、元々アラジンは中国人という設定。中国というのは、アラブ世界において「世界の果て」を表象するものでしたから、要するに異界イメージを負うものとして「中国人」ということにされていたのでしょう。それを中国のそのまた向こうの日本人が、ヨーロッパ経由で楽しんでいるのですから、ことは単純なオリエンタリズムには還元できません。他者像とは常に欠如としての主体に回付されるものですが、ここには「東方」を求めた果てに地球を一周して戻ってきてしまったかのうような幻惑感があります。
『アラビアンナイト―文明のはざまに生まれた物語』目次の主な項目は以下の通り。
第1章 アラビアンナイトの発見
最初の翻訳者アントワーヌ・ガラン 青本叢書、コーヒーハウス、チャップブック 東方小説の大流行 『恋する悪魔』『ヴァテック』『サラゴサ草稿』 ほか
第2章 まぼろしの千一夜を求めて
「アラジン」と「アリババ」はどこから? さまざまなアラビアンナイト写本 ガラン写本の続きはどこに―シャヴィ写本 ほか
第3章 新たな物語の誕生
イギリスで出版された「アラビアンナイト・エンターテイメント」 スコット版―子供向けアラビアンナイトの底本 バートン版―好色文学としてのアラビアンナイト マルドリュス版―世紀末の翻案版アラビアンナイト ほか
第4章 アラブ世界のアラビアンナイト
正当なアラビアンナイト写本はどこに?―シェヘラザードの運命 中東の語り物芸 アラビアンナイトとユダヤ人 ほか
第5章 日本人の中東幻想
江戸期の中東情報 巖谷小波とアラビアンナイト 大宅壮一によるグループ翻訳 森田宗平のレイン版訳 アラビア語原典訳の登場 ほか
第6章 世界をつなぐアラビアンナイト
パントマイムから芝居まで 日本映画とアラビアンナイト 電子ゲーム、漫画、アニメ 物語・登場人物のパーツ化 ほか
終章 「オリエンタリズム」を超えて
文明化される他者 アラビアンナイトと近代日本のオリエンタリズム ほか