責任の取れることしか言わないのは、もう十分に無責任だ
責任の取れることしか言わないのは、もう十分に無責任だ。
責任の取れないことを言う人を守れないのは、もう十分に無責任だ。
取れる責任と責任の取り切れない言葉、その隙間の剰余こそが、我々を生かしている。

アラブ、イスラーム、アラビア語、現代思想関係書籍の書評、映画レビューと言語・精神分析を巡るメモ
責任の取れることしか言わないのは、もう十分に無責任だ。
責任の取れないことを言う人を守れないのは、もう十分に無責任だ。
取れる責任と責任の取り切れない言葉、その隙間の剰余こそが、我々を生かしている。
「言行一致させる」倫理と「言うべきことを言う」倫理を区別しなければならない。
「言うべきことを言い、なおかつ言を裏切らない」のが一番称揚されるのは当然だ。重要なのは、「実行できない、あるいはしないとしても、言うべきこ [...]
自殺が殺人より罪が軽いというのは奇妙な考えだ。
自殺は常に罪だが、殺人は場合により正義にもなる。
正しい戦いというものは存在する。
わたしたちは、仕掛けの上に乗るだけではなく、拾ったり奪ったりして生きてきたのだし、今も生 [...]
努力したからといって必ずしも報われるわけではない、などということは、普通の大人なら誰でも知っています。子供でも知っているでしょう。
「頑張った人が報われる社会を」などというスローガンが、小綺麗な方便に過ぎないのはもち [...]
信仰とは、大人が子供であることではないか、と気付く。
「誰にでも心の中には子供の自分がいる」ということではない。むしろ、子供の自分を捨てるために、信仰に「子供としての自分」を預ける、ということだ。
信仰があれば、安 [...]
人に自信をつけさせたければ、優しくすればいい。
優しくするというのは、甘やかすということではない。良くも悪くも、介入しまくることで、要するに距離が近いということだ。
他人では、ない。
他人に囲まれて育った人間には [...]
我ながら、奇妙極まりない人生を歩んできて、今も歩んでいる。
こんなラグビーボールのような転がり方をして、よく今でも生きていると思う。
やりたいことは何でもやっているし、大体のことは最後には思い通りにしているし、これ [...]
「信仰の必要ない人間」というのは、ほとんど「人間ではない」のと同じことだ。
信仰を必要から考えてしまった時点で、既に見当違いな場所を見ている。
神が貴方を選ぶのであり、貴方が神を選ぶのではない。
必要なものがある [...]
カイロの地下鉄。
両足と片腕のない男性が、左腕と足の切断部分を器用に使って、車内を移動してくる。
もちろん、電動車椅子などない。あっても、この町では使い物にならないだろう。
女性専用車両だけれど、もちろん咎める人 [...]
すべてに意味があるなら、すべての意味を知っている者に一任してしまえば、わたしたちは安心して無意味を享受できる。
「すべてに意味がある」。これがドライブの根源であり、分裂病的知性、つまり知性そのものの源泉にある。「すべ [...]