宗教と同じ
「投資は宗教と同じ」とか「○○は科学を称しているがあんなものは宗教と同じだ」という時の「宗教と同じ」は、論理的決着のつく見込みのない水掛け論を指して「神学論争」と言ったり、「○○のメッカ」などというのと一緒で、単なる慣 [...]

アラブ、イスラーム、アラビア語、エジプト、現代思想、言語・精神分析 書評と翻訳と雑記
「投資は宗教と同じ」とか「○○は科学を称しているがあんなものは宗教と同じだ」という時の「宗教と同じ」は、論理的決着のつく見込みのない水掛け論を指して「神学論争」と言ったり、「○○のメッカ」などというのと一緒で、単なる慣 [...]
「ロックは世界を救う!」と、「イスラームこそ解決1」はよく似ている。「音楽と信仰」で触れたような意味で。
ロックもイスラームも、多分世界を救わないだろう。というよりどちらも、よくよく考えれば、こう言うことで要するに何 [...]
眠りに落ちる前に不安になる。
隣で眠っている人と、違う場所に行ってしまうのではないかと思うのだ。
その場所が良い場所なのか悪い場所なのかは、よく分からない。しかし、もし誰か眠っている人がいるなら、その人のいる場所に [...]
何か色々とものを作る人生で、特に売れることもなかったが、若い時は多少なりとも発表していた。
普通の大学に通っていた自分は、一緒に作業することのあった芸術系大学の人々を、少し格上のように感じていたことがあった。なにせ彼 [...]
例えば、毎日何かをドゥアー(祈り、祈念)していて、その願いが叶ったとする。アルハムドリッラー。主は必要なものを与えられる。
しかし当然ながら、その起こった出来事が本当に祈りを聞き入れた主の御力によるものなのかどうかは [...]
症候とは排水口の髪の毛だ。
風呂の排水口に絡み付いて発見されるもの、それがわたしだ。
もちろん、そこにある残骸はゴミだ。「どうしようもないもの」だ。
一方で、紛れも無いこのわたしから生まれ出たもので、ついでに言え [...]
何かがうまく行っていなかったり、惨めな境遇に甘んじざるを得なかったり、他人が自分より成功しているのを見ると、誰でも恨みがましい気持ちになり、妬みもするだろう。少なくとも、わたしはする。
そういう時に考えるようにしてい [...]
本当のところ、何一つ繰り返されるものはない。しかしわたしたちは、繰り返しの中でしかほぼ思考できない。
これを思い出したのは、昨今の「維新」なる語の流行を批判する文章を目にしてだ。その批判そのものとは全く別の話なのだけ [...]
誰でも嫌われるよりは「他人にとって良い人」でありたいが、どういう相手として良いかは、人によって違うし、関係によっても違う。家族にしたい人、友達にしたい人、隣人にしたい人、先生にしたい人。あるいは、電車で隣合わせるのに都 [...]
以前に、擬態のことを書いた。
擬態という性質を持つ生き物がいる。危険な虫の形や模様を真似して生き延びるものたちだ。
擬態というのは人間が見て「似せている」と思っているだけで、虫に「その模様はカバマダラの真似ですか」 [...]