誰にでもそれぞれの孤独がある
誰にでもそれぞれの孤独がある。
だから分かち合うべきは、分かち合え無さそのものだ。
唯一の神を信じるとは、そういうことなのではないか、と思うことがある。

アラブ、イスラーム、アラビア語、現代思想関係書籍の書評、映画レビューと言語・精神分析を巡るメモ
誰にでもそれぞれの孤独がある。
だから分かち合うべきは、分かち合え無さそのものだ。
唯一の神を信じるとは、そういうことなのではないか、と思うことがある。
日本人ムスリム/ムスリマというのは依然少数派だし、それ以前に世俗性の強いこの国では何らかの信仰を持っているというだけで目立つのかもしれないが、実際に生きていると「どうしてイスラーム教徒になったんですか」という直球な質問 [...]
信仰の一つの力に、時を止めることがあるように感じることがある。
時を止めるというより、時というものを感じなくなる、時の外に出る、ということだろうか。
卑近なところでは、わたしたちは、何かに夢中になっている時は、時の流 [...]
自宅の中で近所の建物のことを話す時、わたしはいつも見当違いの方向を指さしているという。
「西友は南にあるのに、西友って言いながら西の方を指しているから、いつも頭が混乱する」。
そう言われてみればそんな気もして、確か [...]
わたしの存在と神の存在はとても似ている。
わたしの存在の確からしさほどに、神の存在が確かだ、というより、神の存在の確かめようの無さと同じように、わたしの存在が疑わしい、という意味で。
わたしの存在の確からしさは、神 [...]
最後に残る「自然」への暗黙でナイーヴな信頼と、過剰な人口性に彩られる人間たち。
この国の女たちはどうだ。機械のようなものに取り憑かれてしまって、そのレースから降りることもできない。
「自然」への暗黙の信頼など備えて [...]
国家による検閲には反対するが、企業による検閲には従う人々。
国民は国家を選べないが、社員は企業を選べる、そこに「自由意志」があるから従うのは当然、とでも言うのだろうか。
ある日本人ムスリムが、日本の企業社会をジャーヒリー [...]
責任の取れることしか言わないのは、もう十分に無責任だ。
責任の取れないことを言う人を守れないのは、もう十分に無責任だ。
取れる責任と責任の取り切れない言葉、その隙間の剰余こそが、我々を生かしている。
「言行一致させる」倫理と「言うべきことを言う」倫理を区別しなければならない。
「言うべきことを言い、なおかつ言を裏切らない」のが一番称揚されるのは当然だ。重要なのは、「実行できない、あるいはしないとしても、言うべきこ [...]
自殺が殺人より罪が軽いというのは奇妙な考えだ。
自殺は常に罪だが、殺人は場合により正義にもなる。
正しい戦いというものは存在する。
わたしたちは、仕掛けの上に乗るだけではなく、拾ったり奪ったりして生きてきたのだし、今も生 [...]