分かち合われない記憶

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 おセンチなことはどこに書くのが正解なのかしら。わからないから、試しにここに書いてみよう。

 割と言われることかもしれないけれど、記憶というのは共通の記憶であって初めて強化される。
 記憶そのものは頭の中にある、という体になっているけれど、不断に想起され記憶し直されることで定着する。定着した記憶はもう物語となってしまって、概念化し、既に生の記憶ではないのだけれど、わたしたちはそういうものを「記憶ということにして」生きている。
 だから昔の人たちは、祖先たちの記憶を年に一度の祝祭にして、半ば無理やりにでも忘れないようにしたのだろう。
 本当の生の記憶が生きる場面というのは驚くほど少ない。
 子どもの頃の記憶として思い出されるもののほとんどは、成長の過程で他人視点から聞かされ想起され定着していったものだろう。生の記憶など最初からなく、聞かされた物語を記憶として取り込んでしまったものも多々あるかと思う。
 それが「本当の記憶」であれそうでないのであれ、わたしたちはそういうものを「記憶ということにして」わたしたち自身というものを支えている。
 だから記憶は人との間にあるもので、もっと言えば二人ではなく三人のものだ。
 「二人の思い出」も三人目が確証しなければ共通の思い出として脆すぎる。
 三人目が登場して初めて、記憶はネットワークの中に登記され、物語化する。
 そこで残るのはただの形骸かもしれないし、「生の記憶」的なものが常に抵抗するが、しかし、その抵抗もまた99%の概念化した物語があって初めて成立する。
 コアに拘泥するとコアすらも失う。

 ところで、ここからはわたしのまったく個人的なお話なのだけれど、諸般の事情でわたしには共通の記憶というものが極端に少ない。
 子どもの頃のこともほとんど覚えていない。
 他人が幼少時の思い出を綴った文章などを読むと、胃の底が気持ち悪くなってくる。何か自分とはまったく別種の生物が身体の中に入り込むような、そういう恐怖を覚える。
 意図的に消したり断ったりしてしまったものもあるし、分かち合ったものの醜悪さに耐えきれずに捨てたものもある。
 不断に想起され続けない記憶は本当に消える。記憶は個人の頭の中にあるのではなく、分かち合う他者や手を触れられるモノに宿る。そうしたものから離れると、記憶はちゃんと消える。人は「いなかったこと」になる。だからこの風景は、死者の眺める世界にも少し似ている。

 先日友人と話していて、わたしのことを「突然現れた」と形容されたのだけれど、そのように語られる者は、そう語られること自体によって「突然現れる」。
 当たり前だけれど、わたしは一昨年くらいにイイ歳のオバサンとして突然世界に誕生したわけではないし、過去にはそれなりに何かあったのだと思う。
 しかし「あなたは突然現れたのです」と呼ばれるうちに、人は「突然現れた者」になる。「突然現れた」と映るのにもそれなりの所以があるもので、ある種の脈絡のなさみたいなものが、その人に纏わりついているのだ。
 少なくともこの十年のわたしを知っている人はいるけれど、その人もまた行き止まりの袋小路のような人物なものだから、どこにも辿り着かない。
 他の場所で、わたしはわたし自身であったことがほとんどない。
 極めて限られたチャンネルを除くと、ひたすらに自分を殺して生きてきた。不遇の故というより、恥の重みにも似た何かに耐えられなかったのだと思う。

 特に救われる見込みもないままに、最近になって少し考えが変わったのは、なんとなくわたしはあと二三年で死ぬのではないか、と思ったからだ。
 ただの勘違いかもしれないし、例によって自己陶酔的な思いつきかもしれない。
 正直、死にたくない思っている。このまま死ぬと、死ぬ直前にとてつもない恥をかくのではないかと思った。
 だから今生きているのは、恥の予行演習と思うことにした。
 小出しにしていって、死ぬまでにうまく蕩尽しよう、というのがわたしのプランである。

 父の死は寂しいものだった。
 寂しい死でも良いではないか、とは思う。もちろん、悪いことは何もない。
 でもわたしは、本当のところ、とても寂しがり屋なのだ。
 恥を忍んで言うけれど、とても寂しがり屋だったのだ。
 父も本当はそうだったのではないかと、今は考えている。



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