キカイカ
最後に残る「自然」への暗黙でナイーヴな信頼と、過剰な人口性に彩られる人間たち。
この国の女たちはどうだ。機械のようなものに取り憑かれてしまって、そのレースから降りることもできない。
「自然」への暗黙の信頼など備えていない人々が、余程「自然」に見えるのはどうしてなのか。
いかに人間を機械化しても、最後には「自然」が迎に来てくれる、という甘えなのか。
多分、身体の境界ということか鍵になる。
Posted on 5 月 8th, 2010 under ノコリモノ • RSS 2.0 feed & bull; Responses are currently closed, but you can trackback from your own site