数えられなかった羊

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アラブ、イスラーム、アラビア語、現代思想関係書籍の書評、映画レビューと言語・精神分析を巡るメモ

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一つの多神教という日本的ファンタジー

 『原理主義から世界の動きが見える』の中で、手島勲矢氏が、「一神教」と「多神教」についてハッとさせられることを書かれています。「一神教」「多神教」という構図をこれほど多用し社会現象に援用するのは特殊日本的であり、その背景には「一つの(日本的)多神教」という暗黙的な了解があるのではないか、という指摘です。
 ちょっと長くなりますが引用しておきます。

 (・・・)高度な抽象概念「一神教」「多神教」を、堂々と形而下の生々しい国際紛争と結びつけてしまう――こういう発想は、欧米の学者からは出てこない。彼らにとって、「一神教」「多神教」の区別は、あまりにも学術的な区別であって、それらを具象的な現象に援用するのは宜しくないのだ。しかし日本では、識者だけでなく一般人も、この区別を違和感なくすんなり受け入れている印象がある。
 この理解のギャップから私が思うのは、日本人の論じる「一神教」「多神教」という区別は、欧米の近代精神の忠実な需要というよりは、むしろ、日本人固有の宗教感性を表す自己表現、または日本化されたボキャブラリーではないのか、という疑念である。(・・・)
 少なくとも、欧米の協会に通う一般人が宗教的に世界を二分するとしたら、それは「キリスト教文明」と「それ以外の異教世界」の意味であろうし、同様にイスラーム圏の一般人にとっても「イスラーム文明」と「それ以外の異教」の意味にほかならないだろう。国際的には、日本人が想像しているような抽象化された「一神教」の統一的な理解(コンセンサス)があるわけではない。
 思うに、「一神教」と「多神教」の二文法に対して日本人があまり疑問を抱かないのは、たぶん、「多神教」というきわめて抽象的な宗教概念に対して、想像以上に日本人がひとつのリアリティ(一つの「多神教」)を感じているからではなかろうか。つまり、日本人がユダヤ教・キリスト教、イスラームの多様性を「一神教」としてひとくくりにして理解しうるのは、それらに対峙しうる自分の普遍的な世界観(多神教)があると感じているからではないかと私は想像を膨らませる。
 いいかえれば、「多神教」という名前でひとくくりにされる内容も、実際はさまざまで、統一体と理解するには難しいにもかかわらず、日本人の頭のなかで一つの「多神教」が成立してしまうのは、じつは、日本人が日本人の宗教(一神教的多神教)と、「それ以外」の区別をつけようとしているからなのだといえなくもないのではないだろうか

 これは非常に興味深い指摘です。
 「一神教と多神教」という乱暴な構図を社会現象や政治問題に援用する時、多くの日本人が言外に含んでいるのは、「一神教はイデオロギー的・原理主義的で不寛容だ、それに対し多神教は様々な考えの併在を許す寛大な思想なのだ」という、ぼんやりとした了解です。百歩譲って「様々な神」が社会的多様性と何らかの照応を持っているとしても、多神教的世界観自体が多様であり、異なる枠組みの多神教とは、一神教と同様の問題につながることが容易に想像できるにも関わらず、日本人の多くが疑問なくこうした「寛大なる多神教」を語れるのは、その「多神教」が「わたしたち」を代理しているからでしょう。
 つまり、キリスト教文化圏における「キリスト教/それ以外」、イスラームにおける「イスラーム/それ以外」と同じことをやっているわけですが、一つ異なるのは、「日本的一神教的多神教」においては、それが「一つの多神教」であることが意識されていない。正確に言えば、「一つのものとして暗黙的に想定されながら一つのものとして意識されない多神教」が意識されていない。
 ここから連想されるのは、「国敗れて山河あり」の「山河」のような、象徴秩序の背後にあり、人間的営みが潰えてもなお残ると想定される「母なる自然」的イメージが、コンセンサスとして意識化されないコンセンサスとして、「一つの多神教」を支えているのではないか、ということです。
 これは「『なんだかんだ言っても同じ人間』による寛容さなど寛容のうちに入らない」で触れた、「根本のところで同じものには寛容だが、それ以外には極めて排他的」な日本的性質とパラレルで、この「共通基盤への依存」が日本で意識化されにくいのは、日本人がこの「基盤」を、人間的・象徴的営みに由来するのではなく、超-人間的な「自然」に由来するものだと考えているからです。
 この位置づけは「一神教」的な神と似た部分がかなりあるのですが、一方で「自然」との間には言語的交通がなく、契約がない。だから意識化されにくいし、責任の所在もよくわからない。
 
 さらに敷衍すると、おそらくはこうした指摘すら、少なからぬ日本人の防衛的否認を招くのでは、ということが想像されます。つまり、意識化されないこと自体が、「日本的一つの多神教」にとっては重要な役割を果たしているのです。
 日本的「寛容さ」とイスラーム的「寛容さ」のすれ違いについて考えることが多いのですが、一つ重要なヒントを貰えた気がします。

自殺が殺人より罪が軽いというのは奇妙な考えだ

自殺が殺人より罪が軽いというのは奇妙な考えだ。
自殺は常に罪だが、殺人は場合により正義にもなる。
正しい戦いというものは存在する。
わたしたちは、仕掛けの上に乗るだけではなく、拾ったり奪ったりして生きてきたのだし、今も生きている。
だから奪い方にも殺し方にも、正しさのための導きが必要なのだ。
 
生きるための方法には、常に正しいものと正しくないものがある。慈しみから主がこの分節を与えたのだ。
しかし死ぬための方法には、正しさなどない。

「なんだかんだ言っても同じ人間」による寛容さなど寛容のうちに入らない

 『原理主義から世界の動きが見える』の中で、中田考先生が面白いことを指摘されています。

(・・・)日本というのは決して寛容な世界ではないわけです。日本に当てはまらないと思ったものに関しては、いかに残酷になりうるのかということを表している。
 また、キリシタンの迫害のときに、仏教徒や神道派のなかから、「彼ら(キリスト教徒)はわれわれとは違うのだけれども、自由のために彼ら、そして彼らの意見は尊重しなければいけない」という議論はいっさい出てこ無かった。ここにも異質な部分に関しては受け入れないという事実が、日本には一貫してありましたね。
 つまり、日本のいう「寛容」というのは、「あくまで人間同じなんだ、だからいっしょになれるんだ」というスタンスの「寛容」なわけです。

 自分がぼんやりと感じていた違和感を上手く表現してもらえたようで、非常にストンと落ちました。
 ムスリムではない日本人と話していて、少しいい加減なムスリムの態度等を例にあげ「彼らも同じなんだな、と思って安心したよ」と、本人としてはポジティヴなつもりで語られることがあります。これが非常に不愉快です。
 彼らは少しも悪意がないようで、「何だかんだ言っても同じ人間」のような仲間意識を抱き「寛容さ」を発揮しているつもりになっているらしいですが、何だか小馬鹿にされているような気分になります。「同質性」「共通点」だと彼らが感じている部分が、彼らの心の中で完結していて、こちらと少しも向きあっていないからです。
 
 イスラームに限らず、こうした場面というのは、日本でしばしば経験されるものでしょう。少し変わった趣味嗜好や思想信条などを示した時に、「わかるわかる」「○○のようなものだね」と勝手にまとめられて「受けいれられ」てしまうケースです。
 もちろん、本当のところは少しも「受け入れ」ていないわけで、それくらいなら「承服し兼ねる」「何だその奇妙なものは」とぶつかってくる方が、余程真摯に向き合っています。
 そもそも「何だかんだ言っても一緒」という同質性が確認できなければ安心できないのでは、寛容の名に値しません。裏を返せば「(一定の閾値以上に)決定的に違うもの」「議論の開始点を遡ってみたものの、共通基盤が見つからないもの」には、寛容さを発揮できないということでしょう。どうにも違うものを、納得しかねないなりに否定せず留保する、というのが真の寛容さではないのでしょうか。
 
 ちょっと話がズレますが、ある「飲み会」の席で「宗教上の理由でお酒は飲みません」と断ったところ、「あぁ、なるほどね。僕はね、そういう国を旅行したこともあるけれど、そういう人たちともうまくやっていけると思っているよ」と返されたことがありました。わざわざ「宗教上の理由」と明言しまうわたしも、「空気読めて」いないのですが(笑)、別に頭を下げて「うまくやって頂く」理由もありません。
 彼らは逆に、お酒を飲む人々を侮蔑仕切っている人々に囲まれ、「お前は酒を飲むし偶像崇拝者だが、そういうヤツでも殺すのは良くないと思うし、うまくやっていけると思うよ」と言われる状況を想像できないのでしょうか(同じ理由で、ムスリムがズィムミーに対し「寛容」と言う言説には、やはり少し無理がある、とも思いますが)。
 
 エジプト人のムスリムと話していると、時々非常に独善的というか、イスラーム中心的な言葉を投げつけられることがあります(ただし非イスラーム圏内ではあまり経験しない。彼らも「アウェイ」では大人しい)。「ちっとも寛容じゃないじゃないか」と少しカチンと来るのですが、そこで自分たちが批判している当の対象を前にしたからと言って、全否定するというわけではない。
 人にもよりますが、彼らは全般に、変だと感じたら「変だ」と言うし、無理にわかったフリをしようとすることがあまりありません。場合によっては正面切って批判してくるし、そのやり方には無礼なものもあるのですが(この無礼さは批判されてしかるべきだし、その点では日本人は圧倒的に上品)、だからといって全否定するというケースは稀です。
 喧嘩の許容領域が広いとでも言うのでしょうか。「気にくわないことがあれば喧嘩するが、だからといって縁が切れるわけではない」というグレーな領域が、日本と比べるとずっと広いように見えます。
 大体、エジプトという国は長い歴史の中であっちの国に征服され、こっちの民族に支配され、と繰り返してきたわけで、「異質なもの」との出会いには慣れきっています。現在のエジプト社会も、宗教だけでもコプト教徒が10%程度いますし、身体レベルでの「人種」にしても実に多様で、社会階層による思考様式や「常識」の違いも日本の比ではなく、さらに外国人も非常に多いです。異質なものに一々目くじら立てていたら始まらない、という習慣が染み付いているのでしょう。
 イスラームという括りで見ても、常に異文化・異教徒とのぶつかり合いがあったわけで、時にはまともに戦いになりましたが、そう年がら年中殺し合いばかりしていてはお互い身がもたないわけで、「こいつホンマ気にくわないけど殺すのは明日にしとくか」とかで流していた部分が多いでしょう。
 
 心情的には「何だかんだ言っても同じ人間よねー」という共感の仕方も理解できますし、狭い「共感領域」に訴えることで得られる一体感や楽しみというのも、わかるつもりです。
 また逆に、エジプトのような「寛容さ」(エジプトしか例がないのも貧相で恐縮ですが)というのも、少なくとも普通の日本人の目から見れば最初はちっとも寛容に見えないもので、向き合ったりぶつかり合ったり人間関係が濃すぎて疲れます。
 ですから、「日本的」な均質性の重視や同調圧力を全否定しようというのではないのですが、そのチャンネルからしか「寛容さ」を発揮できず、かつそれが唯一のチャンネルだと信じているのでは、あまりにも度量が狭いのではないでしょうか。
 
 とりあえず、よくわからないものに対して、軽々しく「了解してしまう」愚は避けたいし、避けてもらいたいものです。

退屈な革命と退屈な信仰

 スガ秀実氏が、「革命というのは欲望ではない、欲動なんだよ」と発言したそうです。
 中川文人氏が昔の仇敵である松尾氏に憧憬を隠さないのは「欲望」であり、「革命というのは欲動であり、もっと退屈なものなんだ」という流れだったらしいですが、現場に居合わせていなかったので違うかもしれません。
 ただ、この断片からだけでも、スガ秀実さんという方のキレ具合はよくわかります。中川氏のお話は非常に面白いのですが、彼を駆動しているのは、どこか「社会-内」的なシステムであって、思想的にはマルキシストでも、実は非常に保守的なものが基本にあるように見えます。こんなことを書いたら怒られるかもしれませんが、中川氏は「マルキシスト」であっても「革命家」ではないのかもしれません。
 似たことは外山恒一氏にも言えて、彼は非常にラディカルでかつ正確なことを言っているのですが、基本的に「欲望」の人です。彼が現在極右を自称するのは非常に正しいですが、右派革命家としては、何かが足りない。それは彼が面白いからです。革命というのは、もっとつまらないものでしょう。
 
 だから真の革命はとても難しい。なぜなら、つまんないから(笑)。
 
 ところで、信仰こそ欲動に由来します。信仰は退屈です。退屈さが中心にあり、その周辺をめくるめく欲望が覆っている。
 革命と似ていますが、信仰の良いところは、はじめから退屈さが前面に押し出されているので、退屈でもそんなにびっくりしないところです。
 
 上のスガ秀実氏の発言を聞いたのと同じ時に、「完全な無神論と洗練された一神教は区別できるのか」という問いを投げかけられました。
 全然違う話題のようで、連続しているところがあります。
 結論から言えば、おそらくこの両者は区別できない。同時に「完全な無神論」も「洗練された(完全な)一神教」も、地上では実現不可能でしょう。
 ただ違うのは、「完全な無神論」の方向、あるいはコミュニズムの方向というのは、その終着点の理想型に到達しないとパーになってしまう、あるいは全然違う方向に捻れてしまう、ということろです。「完全な無神論」はオールオアナッシングで、非常に厳しい。
 その点、信仰というのは、60点でも60点なりの結果を出せる、という性質があります。なぜそうなのか、と言われるとまだうまく語れないのですが、もしかするとただ単に、60点なりにそこそこやっていけるような信仰でないものは、歴史の過程で淘汰されただけかもしれません。バカでもバカなりにできなければ信仰ではない。
 
 100点へのこだわりという邪念については、右に出る者はいないくらい汚れたワタクシなのですが、ある時点で「もう自分には100点は無理だ」と諦めてしまいました。
 「諦めてしまった」というと、何だか残念な感じですが、どうやって諦めるか、どうやってものを作らないか、どうやってクルクルパーになるか試行錯誤してきた結果、見事クルクルパーになれたので、自分では成功だったと思っています。いや、試行錯誤なんかしないでも、歳をとれば誰でもこうなるのかもしれませんが。
 とにかく、個人的には、100点取らないと全部パーみたいなものには乗り切れないところがあって、クルクルパーなりに60点くらい取れればいいかなぁ、パーだから60点も厳しいかなぁ、などと思いながらボチボチ生きています。

477911487X ポスト学生運動史―法大黒ヘル編 1985~1994
中川文人 外山恒一
彩流社 2010-01-28

『イスラームのロジック』アッラーフ、絶対的な帰依

 『イスラームのロジック―アッラーフから原理主義まで』のエントリ第四回です。
 
 第三章「アッラーフ」第四章「預言者ムハンマド」第五章「ウンマ(イスラーム共同体)の歴史」と、後半はイスラームの教義的側面と歴史の概説に話題が移り、前半ほど激烈な印象を残す部分は少なくなります。
 ただ、その中でも第三章では、イスラームの本質について、「よく書いて下さいました」と言いたくなるような重要なポイントがいくつも指摘されています。

「お母さん、月に人間が行ったら、アッラーフはいなかったって。どこにいるの?」
「おまえね、アッラーフの姿は見ることはできないものだよ」
重信房子『りんごの木の下であなたを産もうと決めた』からの引用)

アッラーフは時空の創造者であって、時空によって拘束されることはない。宇宙であれ、異次元であれ、いかなる場にもアッラーフは存在しない。

 これだけであれば、多くの日本人にとってもそれほど理解困難なことではありませんが、アッラーフが世界の「中に」あるのではないということは、世界の中にあって神の如く振舞うものは一切否定する、ということです。
 中田氏は、シャハーダ(信仰告白)の文句でもあるلا إله إلا اللهラーイラーハイッラッラー(アッラー以外に神なし、no god but Allah)という有名なフレーズを取り上げ、まず一番最初に来るのが「神なし」であることを強調します。

 日本の「神」とは本居宣長が言うように本来「常ならざるもの」を意味した。(・・・)
 一方、アラビア語では「إله」とは、イブン・タイミーヤによれば「معبود(崇拝の対象)」を意味する。アラビア語の「神」の概念は、そもそも事物の「客観的」な性質ではなく、人間との関係性によって成立する。我々が崇拝することによって「神」は初めて「神」となる。
 つまりアラビア語の「لا إله(神なし)」は、一見、客観的な存在判断を示す叙述文のように見えるが、同時にじつは「我々は何物も神として崇拝してはならない」との規範を示しているのである。

 これが偶像崇拝の禁止ということで、更に言えば「世界の中に特別なものはない」「神の元では人間は平等、神の如き特別な人間などいない」という、ある種のニヒリズムがイスラームの根底にあるのではないでしょうか。もちろん、実際にはただのニヒリズムでは終わらないし、またほとんどのムスリムはこの「始点としてのニヒリズム」すら理解していませんが・・。
 
 もう一つ、非常に感銘を受けたのが次の伝承です。

海の孤島の山頂で五百年にわたり勤行に明け暮れ、跪拝したまま死んだ行者がいた。復活の日、アッラーフは、「我が慈悲により我が僕を楽園に入れよ」と、この行者を楽園につれていくように天使たちに命じた。ところが彼は三度に渡って「我が主よ、わたしの行いによってにして下さい」と求めた。そこでアッラーフは天使に、「我が僕のために、彼に対する我が恵みと彼の行為を天秤にかけよ」と命じたもうた。すると目を授けた恵みだけで五百年間の崇拝の重さに達してしまい、身体の残りの部分の恵みの分が足りなくなった。アッラーフは、「我が僕を火獄に入れよ」と天使に命じたまい、彼は火獄に引き立てられた。そこで彼が「あなたの御慈悲によって楽園に入れて下さい、あなたの御慈悲によって楽園に入れて下さい」と呼び求めると、アッラーフは彼を楽園に入れたもうた。

 アッラーフの圧倒的慈悲と力の前では、人間の努力など無に等しい。これは非常に重要なポイントです。
 「では努力し善行にいそしんだとしても、報いはないのか」と言われるかもしれませんが、ある意味その通りだと思います。
 いや、報いはあるのかもしれませんが、報われるとか報われないとか、そういう尺度で善行を測っては、「こんなに頑張ったのにこれだけ」「あいつは楽して儲けている」といった、現世的・世俗的な妬みの構造から一歩も抜け出せていません。アッラーフの元での圧倒的な無力を認めてこそ、人は平等になり、他人とその幸福を受け入れることができるのです。
 信仰の第一義は、神への絶対的な帰依であり、細かい善行をチクチク貯めることではありません。極端な話、絶対的な帰依さえあれば、善行など一つもしていなくても評価されるのが、本物の信仰というものでしょう。
 以下のテクストなども、この問題と関連しているでしょう。

信仰と道徳を分けて考えること - ろば日誌 アラビア語とエジプトとニュース
『一神教の誕生―ユダヤ教からキリスト教へ』 加藤隆 - ish
ミヒャエル・エンデ『自由の牢獄』、神と完了、自由と可能性 - ish
奇跡を見たならば、それはあなたの奇跡だ - ish
 
 本書末尾では、学生時代に影響を受けた永井均さんからの引用があるなど、最初から最後まで、あまりに多くが符牒のように自分の中に繋がっていく一冊でした。長い思想的放浪の末、イスラームに辿り着きその道をトボトボ歩いているこの選択が、正しく唯一のものであるという確証を得られた気がしました。

『イスラームのロジック』日本とイスラーム

 『イスラームのロジック―アッラーフから原理主義まで』のエントリ第三回です。
 
 第二章「日本とイスラーム」では、歴史的にイスラームとほとんど接点のなかった日本が、明治以降いかにイスラームと関わってきたかが語られますが、その邂逅は現代日本人の多くがイメージするほど困難な出会いではありませんでした。
 イスラームが「かけ離れて」見えるのは、文化の問題というより、現代日本人が「生きた信仰」の理解を失っているからではないか、という指摘があります。

 日本人にとってイスラームの理解が困難なのではない。イスラームの理解に困難を感じるのは、末法の果てに生きる「現代の」日本人である。
 そして「現代の」日本人にとって理解が困難なのはイスラームだけではなく、あらゆる形態の生きた信仰で(ある)

 
 現在は外国人労働者を中心に日本のムスリム人口も増えているわけですが、現代日本におけるイスラーム現況について、非常にうなずける一節がありました。

 外国人ムスリムの絶対多数はイスラーム学の素養を欠き、それぞれの母国の慣習、伝統とイスラームとの区別ができず、また区別ができないことの自覚すらない。(・・・)
それゆえ現在、絶対多数を占める外国人ムスリムの間のイスラームに対する無知と歪曲が日本人ムスリムに伝えられて増幅され、拡大再生産される状況が定着している。

 イスラームはもとより、信仰と名のつくものに須らく疎い現代日本人は、「通りすがりのムスリム」のような人を捕まえて「イスラームの何たるか」を知った気になってしまう可能性がありますが、これは大変危険なことです。しかもまた、この「ムスリム」が自信たっぷりに語ったりするからたちが悪い(笑)。
 
 イスラーム研究ということでは、日本は良くも悪くも「中立的」立場に立ちやすいわけですが、中田氏は「様々なイスラーム」に公平にアプローチすることが可能であるかのように語る宗教学者中村廣治郎を批判し、一方で「中立性の僭称」問題に自覚的である人類学者大塚和夫氏の立場を評価します。

 一方、現在のに日本のイスラーム研究において最も先鋭な方法意識の所有者である人類学者大塚和夫もまた、研究対象を中村と同じく「時代や地域の状況に応じてさまざまな現れ方をしてくる『小文字のイスラーム(islams)』とする。しかし大塚は、その選択自体を「イスラーム的基礎知識の蓄積」の欠如として相対化し、さらに「私はある意味で、本質主義的なイスラーム把握をしていることを認めざるを得ない。すなわち、『世俗的』なムスリムの生き方も、『シンクレティズム的』なイスラームのあり方も、諸イスラームというカテゴリーのなかに強引に引きずり込んでしまいしまい、そのヴァリアントと位置づけてしまうのである。」(・・・)「複数の小文字のイスラーム」という概念を使用すること自体が、イスラームに対するそれ自体一つの恣意的な本質主義的決断に基づくことを自覚している

 大塚氏は個人的に好きなイスラーム系研究者の一人で、手に取りやすいところでは『イスラーム主義とは何か』などがお薦めです。
 一方、ヨーロッパにおけるイスラーム研究は、言うまでもなくバイアスにまみれてきたわけですが、このヨーロッパとイスラーム世界の関係と、日本と中国・朝鮮の関係を比している伊東俊太郎『十二世紀ルネサンス』からの引用がとても興味深いです。

 ところが日本人の日本史研究は、えてして朝鮮や中国のことを問題としないで、日本のなかだけで考えてゆく傾向があったし、いまでもそういうことが残っているかもしれません。そして朝鮮から影響を受けた、などということはなるべく隠してきました。
(中略)それと同じように、ヨーロッパの研究者の間には、西欧文明がアラビアから大きな影響を受けたなんてとんでもない、という気持ちがあるように思います。(・・・)日本古代史における『朝鮮問題』と西欧中世史における『アラビア問題』というのは似た側面があります。

4062582295 イスラームのロジック―アッラーフから原理主義まで (講談社選書メチエ)
講談社 2001-12

『イスラームのロジック』イスラームと世俗国家

 中田考先生の『イスラームのロジック―アッラーフから原理主義まで』について続けます。

 第二章「イスラームと現代社会」から、イスラームと世俗国家について。

 存在する社会集団と個人の多様性を暴力的に抹消し、無理やりに均質化することによって成立した「国民国家」は、「国民主権」、「一般意思」等のフィクションの下に、「国民」の集合体、総意の化身として、人格化、神格化される。
 アメリカの宗教社会学者ユルゲンスマイヤーが指摘する通り、世俗的ナショナリズムは「信仰の表現」であり、教義、神話、倫理、儀礼を持つ「部族宗教」の一種である。

 地上における不死の神「リヴァイアサン」たる西欧国民国家概念ほど、イスラームの世界観から遠いものはないが、それは範疇をまったく異にする、という意味ではなく、むしろ範疇を同じくして対極にあるものなのである。

 西欧近代主権国家概念における主権は、そもそも国内的に最高権力を、対外的に独立権力を意味する。つまり主権国家の概念は単独では存在しえず、複数の主権国家が互いに「独立」を承認し合う国際システムの存在を前提とするのである。(・・・)
 イスラームにはそもそも国家の概念が存在しないことはすでに述べた。イスラーム世界各地の旧宗主国からの「独立」とは、イスラーム世界の自立/自立性の回復などではまったくなく、むしろ西欧的国際システムの承認に他ならなかった。

 ネイションという仮構と国民国家の成立について、個人的にオススメなのは柄谷行人の『世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて』ですが(ただし結論の方向性には同意しない)、近代における国民国家ファンタジーの成立において、その外部として作り出されたのが「ユダヤ人」です。

 「ユダヤ人とアラブ人」の対立の構図は問題の本質を隠蔽するヴェールである。
 近代「国民国家」が国民の殉死、献身を求める「偶像神」であることはすでに見た。ユダヤ人とは、この国家という「偶像神」に全面的忠誠を捧げない「非国民」として、「ユダヤ人」の名をつけられ、それぞれの祖国から排除された存在である。
 ユダヤ人とは、西欧「民族主義」の矛盾であり、西欧の生み出した闇である。

 ある枠組みの成立のためには、このフレームに対する外部が必要です。カテゴライズには「ゴミ箱」がなければなりません。シオニズムとは、外部として捏造されたファンタジーを内部の枠組みに従って地上に現出させようとした倒錯に他なりません。
 この倒錯は、ヨーロッパがヨーロッパであるために必要とした「作られた恥部」への自己愛的贖罪であり、同時に「イスラーム世界の近代化」という、これもまたヨーロッパ的な幻想の結節点として機能しています。
 シオニズムの力は、このような様々なエロティシズムの交差する場所としてイスラエルが作られたことに由来します。

 イスラーム世界の「内なる植民地支配」の事実を隠蔽するために欧米がイスラエルを必要とする一方で、イスラーム世界の抱える構造的矛盾、文化、社会、経済、政治、山積する問題矛盾から目を逸らさせるためにイスラーム世界の支配階級もイスラエルの存在を必要とする。この欧米とイスラーム世界の支配階級の間の密やかな共犯関係こそ、中東問題を解決の見えない難問たらしめている真の原因なのである。

 続いて「テロ」と国家について。

 近代国家は、対外的には軍隊、対内的には警察という形で国家が暴力を独占することによって成立する。したがって国家をテロ組織と呼ぶことはむしろ同義反復でしかない。

 国家が暴力装置であることは自明の前提であり、暴力装置であることをもって特定の国家を「テロ国家」と呼ぶことはまったくのナンセンスである。

 「アメリカこそが『テロ国家』である」という結語だけ取れば、多くのムスリムや反米勢力が声高に叫ぶスローガンと変わりありませんが、そこに至るロジックは精緻かつストイックなもので、よくある「喚くイマーム」のただ感情を剥き出すだけの議論とは種を異にします。

 このエントリも、最後に預言者ムハンマド様صの言葉を孫引きしておきます。

 預言者ムハンマドは言われた。「食事客たちが大盆に互いに呼ばわり群がるように、諸民族が互いに呼ばわり汝らに群がるようになるだろう。」
 ある者が尋ねた。「それはその時(ムスリムの)数が少ないせいでしょうか。」預言者は答えた。「その時、汝らは多数である。しかし汝らは流れに浮かぶ塵芥のようなものなのだ。そしてアッラーフは汝らの敵の心から汝らへの恐怖を取り除かれる。そしてまたアッラーフは汝らの心に弱さを投げ入れられる。」
 そこである者が尋ねた。「アッラーフの使徒よ、その弱さとは何でしょうか。」
 彼は答えた。「現世への愛と死への嫌悪である。」(アフマド・ブン・ハンバルの伝える預言者ムハンマドの言葉)

4062582295 イスラームのロジック―アッラーフから原理主義まで (講談社選書メチエ)
講談社 2001-12

『イスラームのロジック―アッラーフから原理主義まで』中田考

4062582295 イスラームのロジック―アッラーフから原理主義まで (講談社選書メチエ)
講談社 2001-12

 あまりの素晴らしさに、言葉もありません。存在を知りながら今まで読んでいなかったのが不思議でなりませんが、同時に今この時になって頁を開いた、ということにも主のはからいがあるのではないか、と思えるほどです。
 日本語で書かれたイスラームについての一般書籍として、間違いなく最高の一冊ですが、それは単に「よく書かれている」という程度の差異に由来するのではなく、一般の「イスラーム本」とは、立場も次元もまったく異なる、という意味でです。
 
 もしこの本をアラビア語で読んでいたら、これほどの衝撃は受けなかったかもしれません。アラビア語の文脈、ムスリムの文脈においては、「当たり前」な部分が沢山あり、正確には「当たり前のことを徹底して当たり前に書く」ことを極めたのがこの本だからです。
 しかし、この「当たり前」が、これほどの精度で貫かれているのを、日本語では一度も見たことがありません。それはおそらく、日本語・日本人の文脈では、この「当たり前」が著しく違和感のある不気味なものとして映らざるを得ないからでしょう。
 エジプト人やその他の国籍のムスリムと、アラビア語もしくは英語で会話していて、こういうコンテクストを前提としていることは、よくあります。その中には、日本に生まれ育った者として、当初生理的な違和感を感じていたものも多々あり、だからこそその「ザラザラした感じ」と向き合いたくて、この道を歩んできたのです。
 それだけに、一流のイスラーム研究者の方々が、日本人にとって心地よく分かりやすい部分を紹介してしまうのは分かるし、日本の「イスラーム本」のほとんどはこの類です。お断りしておきますが、これらの著者が「悪い」と言いたいのではありません。言わば「イスラームを異文化として尊重」する立場から、善意としてこういう書き方をされたのでしょう。
 しかし、本書はまったく異なります。
 後述のように、本書はイスラームを「異文化」ともしないのですが、日本語を使いながら、まるでアラブ世界のムスリムが書くかのように、イスラームの「当たり前」を正面からぶつけてきて、しかもこれが凄まじい気迫に満ちていて、瞬きする隙も与えられないほどです。
 
 「イスラームについてまったく無知なので勉強したい」という人に、わたしはこの本を薦めません。衝撃の余り、イスラームに対して敵対的になってしまうことが怖いからです。
 本当に大切な人に、イスラームについての本をムスリムとして一冊差し出すなら、この本を選びます。信頼できる友人、知性を期待できる人物にだけ、この本をonly oneとして薦めます。類書はありません。
 
 あまりに興味深いので、何回かにエントリを分けてご紹介しますが、今回はまず中田先生の本書に向かう姿勢から。

 イスラームが異文化であることは自明のようにも見える。しかし本書ではそうした立場を取らない。

 中田先生は、イスラームを「異文化」として紹介する立場を取りません。どういうことでしょうか。

 法哲学者土屋恵一郎は、インドネシア人男性と結婚してインドネシアに渡った日本人の元ゼミ生の帰国歓迎会で、豚肉入りの皿を彼女のお皿の上に渡そうとし、「イスラム教徒だから」と言って断れた体験を『ポストモダンの政治と宗教』の冒頭で紹介し(ている)

 土屋氏はここでハッとするのですが、彼はイスラームが豚肉をタブーとすることを知らなかったわけではありません。

そこには、「日本人」は変りなく「日本人」であるという固定観念があった。(中略)自分がどの世界に属しているのかという「アイデンティティー」の根拠は、つねに変化しているのだし、移動しているのだ。

イスラームに関する我々の知は、頭の中で「客観的知識」として「異文化」のカテゴリーの項目ファイルに生理され、その時点でイスラームは「我々」「日本人」とは無関係なものとなり、両者の観念連合の回路は遮断される。つまり異文化としてのイスラーム認識には、イスラームを我々の主体的問題として考える契機が欠けているのである。

 つまり、ここで扱われるのは、日本人であろうとアメリカ人であろうと、等しく対することのできるはずの普遍的メッセージとしてイスラームなのですが、「普遍的」と言ってしまうことで陥りがちな相対性の罠、文化相対主義的な「公平を期して中身のあることは何も言わない」トラップについても、十全に注意を払います。

とはいえ普遍的メッセージとしてイスラームを理解する、ということは、イスラームを、慈悲、寛容、正義等の内容空疎な抽象概念に還元することでもなければ、イスラームの中に日本文化を読み込むといったたぐいの、日本宗教の万教同根的発想の安易な折衷を意味するわけでもない。
 普遍的メッセージとしてイスラームを理解するとは、異文化と対峙する緊張感を失わず、(・・・)日本語によって「イスラームのロジック」を再構成する道を模索することを意味する。

 多くの日本人にとって、「異文化」としてイスラームに対することは、一つのヴェールとなっているわけですが、一方でムスリムが多数派を占める国でも、同じ「文化的ヴェール」が逆転した形で現れます。

イスラームと自文化の同一視もまたイスラームのメッセージの普遍性を隠蔽する別種のヴェールである。

特定の時代の特定の地域のイスラーム文化でしかないものが、その文化の担い手には、あたかも普遍的に妥当するイスラームであるかのように映る、という現象が生ずる。

 エジプトで嫌というほど味わいましたが、こうした現象はムスリムが多数派の多くの国と地域で見られるでしょう(しかも皆自信たっぷりなのがたちが悪い)。
 
 ここで掲げられた目標は、あまりに壮大なものかと思われるかもしれませんが、驚くべきことに、本書ではこれが貫徹されています。本当に日本語で、本当のイスラームを叩きつけてくれているのです。
 これほどの激烈さと優しさに満ちた本があるでしょうか。
 
 中田先生は、ネット上は、過激原理主義者であるかのような誹謗中傷を受けているのを見受けます(「原理主義」的でない宗教とは一体何なのかサッパリわかりませんが)。今あらためて、こうした浅薄な中傷を試みる輩に心頭に発する怒りを感じますし、機会が与えられれば自らの手で粛清したいとすら思いますが、一方でこうした「拒絶反応」を生むのも理解できないわけではありません。本当に正面から斬り込んでくる知性と、まともにぶつかりあう優しさというものを、人生の中で学んでこなかったのでしょう(そうした機会を与えない日本の冷たい社会にも多いに責がありますが)。
 
 本書を紹介してくれたのは、ムスリマの友人(友人と呼ばせてください)です。
 わたしの古い友達が「良い友達とは良い本を紹介してくれる人のことだ」という名言を吐いたことがありますが、彼女には感謝してもし切れないものがあります。しかし頭を垂れるのではなく、الحمد الله、讃えはアッラーにのみ返し、その元で平等な婢同士として、わたしが役に立てる機会が与えられるのを待っておきます。
 
 初回エントリの最後として、中田先生がひかれている預言者ムハンマド様صの言葉を孫引きさせて頂きます。

イスラームは風変わりなものとして始まり、始まったときと同じように風変わりなものに戻る。風変わりなものにこそ幸いあれ。

「世界史」の想い出と脱「世界史」

 最近、おそらく僕は今まで世界史を全く勉強せずに生きてきました.大学受験時代は,ただの丸暗記教科と見ないしていて興味がわからなかったのです. しかし,今は,現代というものがどう.. - 人力検索はてなという質問を発端に、はてな界隈で世界史関連の話題をよく目にします。
 単なる個人的感傷ですが、世界史という「科目」には特段の思い入れがあります。
 わたしは超進学校の出身で、最終的には京都大学にも入れて頂きましたが、中学から高校一年生くらいまではまったくのダメ生徒で、授業は寝てばかりでバンドやら文学やら自主映画制作やら、好き放題なことをしていて、成績は下の下でした。小学校の時は「神童」だったのですが、進学校の中では普通のレベルで、加えて学校というものがが大嫌いだったので(これは今に至るまで嫌いですが)、中学以降は落ちる一方だったのです。
 高校一年の終わりか二年生くらいになり、流石に危機感を感じるようになりました。受験が迫っていたから、というより、あまりに成績が悪く、留年か退学になりそうだったのです。
 そこでやっと重い腰を上げて勉強を始め、なぜか英語だけはすぐに成績が良くなったのですが、もう一つ、世界史というものに非常に惹かれました。
 なぜなら、他の科目が中学、場合により小学校からの積み重ねの上に成り立つのに対し、世界史というのは高校で初めて習うものだからです。これなら、他の生徒と同じスタートから出発てきる、と思ったのです。
 加えて、世界史という科目の内容も、大変わたし好みでした。幼い頃から新聞が大好きで、その中でも国際面が一番のお気に入りでした。なぜならスケールが大きいからです(笑)。
 国内ニュースや日本の歴史は、なんだか小難しい漢字が並んでいて、いつもチマチマしたことばかりしています。これに比べ、国際ニュースや世界史は、同じ虐殺でも百万単位で殺したり、とにかくスケールが大きい(不謹慎ですいません)。この派手さが気に入りました。
 また、カタカナが多いのもよろしい。わたしはカタカナ語や英語には抵抗がないのですが、漢字が非常に苦手で、全然覚えられません。今でも書けません。ですから、世界史は非常に親しみ易く、唯一の難点は中国史でした。
 京都大学文学部の入試では、センター試験と二次試験で異なる社会の科目を使わなければならないのですが、最終的にセンターで日本史、二次で世界史を使ったのも、漢字が書けないからです(笑)。
 
 受験世界史学習の難点であると同時に面白いポイントなのは、時間軸と共に空間上の布置が変動していくことです。一口に「ペルシャ」とか「フランス」と言っても、時代により国境や支配領域そのものが変動していきます。時間軸で捉えると同時に、空間的な変動を立体的に理解しなければなりません。わたしは時間で輪切りにした地図を何枚も作り、パラパラ漫画状に支配領域の変化がわかるようにして頭に入れました。
 こういう作業をしていると、国家とか国境とかいう考え方が、近代的な尺度を後付けで押し付けたものにすぎない、というのがよくわかります。教科書なので一応「ここまで支配」という線が引かれていますが、それも「大体こんくらい」という話で、そのライン上の場所など、多分ただ荒野が広がるだけで支配もヘッタクレもなかったに決まっているのです。
 結果的には「面」のようになりますが、実は人間というのは、都市という「点」と街道という「線」でほとんどの生活を終えるもので、アレキサンドロスでもモンゴル帝国でも、要するにあるラインに沿ってガンガン進んで、人が集まっているところでドンパチ、というのを繰り返していたのでしょう。「面」というのは結果にすぎません。
 
 以上は単なる感傷で、今現在リアル受験生の方には少しは役立つかもしれませんが、件の質問者の問いに答えるものではないと思います。
 ただ、学校的・受験的な「世界史」が何の役にも立たないかと言うとそうでもなく、既存の「世界史」がバイアスにまみれたものであったとしても、とりあえず叩き台にはなるわけです。そういう意味では、学校の世界史の教科書だって役に立つし、最低限の教養がないとお話になりません。
 教養の時の哲学系のゼミで、「検証可能性を明示できない言明は無意味である」という論理実証主義的考え方の例示として、「現フランス国王は禿である」という有名な喩えがあげられたのですが、これに対し一人の学生が「禿なんですか? 知りません」と真顔で答えていて唖然としました(こういう人も京都大学に入っているので、京大生なんてアホばっかりです)。まず、最低限の教養を身につけましょう。その為には学校の勉強も役に立ちます。
 
 その上での「世界史の脱構築」(笑)として、個人的に良いかな、と思う本を列挙してみます(いくつかは質問への回答であげられています)。

4622016672 科学革命の構造
中山 茂
みすず書房 1971-01

4894343320 帝国以後―アメリカ・システムの崩壊
石崎 晴己
藤原書店 2003-04-30

4582495222 世界史の第二ラウンドは可能か―イスラム世界の視点から (これからの世界史 (2))
平凡社 1998-09

4532191610 遊牧民から見た世界史―民族も国境もこえて (日経ビジネス人文庫)
日本経済新聞社 2003-01

 特にイスラーム関係は、学校世界史ではさんざんな扱いなのですが、これはヨーロッパ中心的な歴史観をそのまま受け売りしているためです。学校に限らず、日本における歴史観全体に言えるでしょう。
 もし「教科書ではないリアルな世界史」を学びたいなら、ここを意識して欲しい、と個人的には切に願っています。

『イスラーム政治と国民国家―エジプト・ヨルダンにおけるムスリム同胞団の戦略』吉川卓郎

4779501539 イスラーム政治と国民国家―エジプト・ヨルダンにおけるムスリム同胞団の戦略
ナカニシヤ出版 2007-09

 非常に面白いです。
 エジプトおよびヨルダンでのムスリム同胞団の活動を中心に、両国におけるイスラーム主義運動と政治の関わりを具体的に追ったものです。両国の同胞団は、理念上の理想では多くを共有していますが、エジプトでは非合法組織、ヨルダンでは王室と結びついた新政府組織、という政治的位置づけの違いがあります。イスラーム主義運動といっても、現実の政治参加においては柔軟性を見せる必要があり、それがどのような形で展開されているのか、仔細な報告を楽しめます。

 個人的には、やはりエジプト同胞団の活動が非常に面白く、もっとこうした具体的情報を早くに仕込んでいれば(日本語で手に入る!)、と悔やまれるくらいです。
 

(・・・)エジプト同胞団と人民議会の関係を論じてきて当然浮かび上がるのは、「もし同胞団が自由で公平な競争ルールの下で選挙に臨んだ場合、どの程度成長可能なのか」という問いであろう。かつては、民主的な選挙が実施されたらエジプト同胞団が政権獲得勢力となり得るという「予想」や「推測」は珍しくなかった。(・・・)
 しかし「民主的な選挙が実施された場合、おそらくエジプト同胞団は躍進するが、政権を担うほどの勢力にはならない」という予測も多い。例えばカッセムは、エジプト同胞団を現体制のオルタナティブとして真剣に選択する勢力は1000万人程度と見る。バリー・ルービンは、エジプト国民の多くはイスラームの社会への浸透を快く思いつつも私生活の侵害までは望んでおらず、また西洋的文化・価値観が幅広く社会に浸透した結果、同胞団の提唱する社会のイスラーム化に反発する勢力も増加している、と説く。

 これは、実感としても同様に感じます。ムスリム同胞団を支持する勢力は大きいですが、現体制の代替となるほどかというと、そこまで強くはない。支持者たちも、ある意味「非合法で政権の取りようがない」からこそ安心して推せる部分はあるはずで、仮に合法化されさらに大躍進して政権与党になったとしても、現体制を根本からひっくり返すような政策は取りようもないし、支持されないでしょう。
 
 湾岸危機における同胞団の反応について。

一連のエジプト同胞団の対応を巡って、エジプト同胞団内部の組織系統や同胞団関連団体は分裂傾向を見せた。オリヴィエ・ロワによれば、エジプト同胞団内部の親サウディアラビア勢力は労働党の親イラク色を厳しく批判し、またクウェートをはじめ湾岸諸国のムスリム同胞団軽運動は反イラク主義を鮮明にし、中立的な立場にとどまるエジプト同胞団指導部に反発したという。図らずも地域的な状況の差によって「イスラーム主義の持つトランスナショナルな連帯」が裏目に出た、といえるであろう。

 どちらの同胞団についても、現実の政治と向き合う中で、現実的・実際的な性質をすこしずつ獲得していっており、他方、そのためには、トランスナショナルなイスラーム主義、という理想とは裏腹に、地域性を重視せざるを得ません。
 こうした中で、今後のイスラーム主義がどのような形で育っていくのか、気になるところです。

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