『パラダイス・ナウ』ハーニー・アブーアサド

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B000WCEMLE パラダイス・ナウ [DVD]
アップリンク 2007-12-07

 今さらながらですが、パレスチナの殉教作戦を描いた映画「パラダイス・ナウ」を見ました。
 映画評としては優れたものが沢山あるでしょうし、付け加えられることもありません。とりあえず、映画として非常に完成度が高いですし、別段パレスチナ問題に関心がなくても、普通に楽しめます。
 作品背景については、中東イスラーム研究教育プロジェクトによる監督インタビューがとても面白いです。
 
 というわけで、一般的にはあまり関心を持たれそうもない些細なことを書けば、言語はちゃんとパレスチナ方言に聞こえます。ワタクシなどではまったく覚束ないのですが、シャームの方言とエジプト方言の間くらい、という印象を受けたので、パレスチナなのでしょう(笑)。ちょっとややこしいことを喋られると全然付いていけないレベルなので、あまりアテにならない話ですが。
 作戦実行前に犯行声明ビデオを録画する場面では、フスハーでしゃべっています。この時実行者の青年が読んでいるのはイムラーン家140節の以下の下り。

إِن يَمْسَسْكُمْ قَرْحٌ فَقَدْ مَسَّ الْقَوْمَ قَرْحٌ مِّثْلُهُ ۚ وَتِلْكَ الْأَيَّامُ نُدَاوِلُهَا بَيْنَ النَّاسِ وَلِيَعْلَمَ اللَّهُ الَّذِينَ آمَنُوا وَيَتَّخِذَ مِنكُمْ شُهَدَاءَ ۗ وَاللَّهُ لَا يُحِبُّ الظَّالِمِينَ

あなたがたがもし損傷を被っても、相手方もまた同様の打撃を受けている。われは人間の間に(種々の運命の)こんな日を交互に授ける。アッラーはこれによって(本当の)信者を知り、あなたがたの中から(真理のための殉教の)実証者をあげられる。アッラーは不義の徒を愛されない。

 イスラームの中からも外からも批判されそうなことを言えば、わたしはこのアーヤにジーンと来てしまい、映画が終わってから何度も声に出して繰り返してしまいました1
 
 この作品には、「自爆テロ」の正当化と見る向きから批判があったようですが2、そうした見方とは別に、とりわけ日本では、「自爆攻撃を生み出す環境の悲劇」「復讐は何も生まない」といった「暴力自体の悲劇性」に着眼する見方が強かったのでは、と推測されます。
 この視点を否定する気はないですし、実際暴力の連鎖ではどうしようもない、というのも一面の真理かと思いますが、これを一応認めた上で、なお暴力自体への批判、という見方に釘をさしておきたい、という気持ちになりました。
 
 このことは、監督がインタビューの中で語っている「浄化」の問題と少しかぶります。「浄化」は、まず第一にシオニストによる民族浄化なわけですが、これは言わずもがなの話であって(とはいえ強調しすぎることはない)、同時に抵抗組織の「病的純粋さ」でもあります。つまり、片足を奪われ生き残った主人公の一人の父親を「臆病者」とするような、そうした抵抗組織の思想もまた、「浄化」により人間性を破壊していく一面がある、ということです。
 この視点は、おそらく多くの日本人、とりわけ「リベラル」な人々には共感し易いものかと思うのですが、しかし、ある種の「純粋さ」というのが狂気を孕むものだとしても、そうした「純粋さ」をただ警戒し排除するだけでは、世俗的で空虚な「自由」が残るだけです。そんなゴミクズのために「純粋さ」を捨てるなら、「純粋さ」と心中して「自爆」でもする方がマシでしょう。
 重要なのは、「浄化」の志向を認めた上で、それがサーベルタイガー的暴走へと突き進まないようにする、ということであって、「原理」の否定は何も生みません。わたしたちは意味なしに生きられるほど孤独に強くはないのです。
 ですから、暴力の虚しさを訴えるだけでは片手落ちで、暴力の美しさというものも、一旦は認めないといけない。少なくとも、わたしにはそれがとても美しく見えるし、そうした種類の美しさをすべて捨て去ってなお生きるというのは意味がわからない。
 
 「浄化」の思想、あるいは「暴力の連鎖」というものに対峙するということは、これらを排除し「フラットで無意味な世界」を創りだすことではありません。「浄化」自体を雑然さの中に合わせ持つ、ということのはずです。
 先回りして警戒し過ぎかも知れませんが、「ハンセンヘーワ」的な回収のされ方をしてしまうことが、わたしには暴力そのものより恐ろしいです。

  1. イスラーム内について言えば、こうした断章が殉教作戦の正当化に使われていることには批判があることかと思います。それはわかった上で、尚この響きの美しさに打たれます []
  2. そういう風に見るのは無理があると思うし、インタビューを読む限り監督の意図もそんな小さなものではない []



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