『スノーピアサー』には『エリジウム』に足りないものがある

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 ポン・ジュノ監督の『スノーピアサー』を観てきました。
 結論から言って、これは凄い作品です。

2031年。地球温暖化を食い止めるべく散布された化学薬品によって、全ての陸地が雪と氷に覆われてしまった世界。わずかに生き残った人類は、永久機関によって動き続ける列車「スノーピアサー」の中で暮らしていた。だがそこでは、先頭車両に住む富裕層が全てを支配し、後部車両に住む貧困層は奴隷同然の扱いを受けていた。そんな中、貧困層に生まれた男、カーティスは自分達を苦しめる理不尽な支配に立ち向かうべく、仲間と共に反乱を企てる。スノーピアサー – Wikipedia

 この設定だけ読むと、無茶苦茶な映画です。温暖化対策が失敗して寒冷化するまでは良いとしても、残った人類が電車に乗っているって・・。それもファンタジックな作風の映画ならともかく、それなりにリアルな要素も入れてこんな映画が成り立つのか、と不安になるでしょう。わたしも不安でした。
 しかしこの作品は、そうした考証的な部分にツッコむものではありません。列車には当然、象徴的な意味が込められています。作中ではorder(秩序)という概念が問われるのですが、先頭車から二号車、三号車と、絶対に順番が変わらずに進むのが列車です。そうしたorderが維持されているからこそ列車が成り立つのだ、という意味が込められていて、その中の最下層である最後尾の列車に乗る主人公らが反乱を企てる、というのが基本的な筋立てです。
 ただ、それだけであれば、割とよくある構造の映画です。似たようなものとして、最近では『エリジウム』がありました。衛星軌道上のコロニーに住む富裕層と、地球に住む貧困層、という構造があり、その中で貧困層出身の主人公が反乱を企てる、というものです。設定の荒唐無稽さという点ではこちらの方がまだいくらかマシなのですが、随所にそれなりのギミックが挿入されているにも関わらず、わたし個人は今ひとつ釈然としないまま終わりました。虐げられた人々が楽して暮らしている金持ちをぶっ殺してカタルシス、というのでは、何の解決にもなっていません。そんなものでこの世の「格差」が解決するなら、大概の革命は上手く行っているでしょう。
 『スノーピアサー』劇中でティルダ・スウィントン演じる副司令官(?)が語る通り、orderは確かに重要です。orderの中で上位にあろうと下位にあろうと、orderに生かされている点では変わりないのです。富裕層も貧困層もorderの奴隷な訳です。この映画の中では、スノーピアサーという唯一の生存圏がorderであるという意味で、この点が強調されています。
 劇中では司令官であるエド・ハリス演じるウィルフォードや列車の「エンジン」が神聖化されており、子どもたちが高らかに讃歌を歌い上げたりするのですが、先頭車に住む当のウィルフォードは冷ややかです。彼は自分もまたorderの奴隷であることを分かっており、窮屈な列車を呪ってすらいるのです。
 そして、遂に先頭車まで辿り着いたクリス・エヴァンス演じる貧困層出身の主人公に対し、その冷酷な現実を突きつけます。自分にとって救いであった元・貧民層リーダーの意外な正体を暴き、結局のところ「先頭車」も「最後尾」も同じ穴のムジナ、ということを示すのです。
 ちなみに、この貧困層リーダーの共犯性という点は、植民地時代の構造を想起させます。しばしば植民地では、現地の有力者が「侵略者」と結託し、奴隷を売りさばくなど、植民地主義の尖兵となっていました。実際のところ、現在の第三世界でも似たような構造は随所に見いだせます。
 ではどうするのか。結局orderは絶対で、それを入れ替えることに意味はないのか。
 その答えは、映画の最後で示されますが、もちろん文字通りに受け取って良い「解答」ではありません。
 ここで示される「解答」は非常にシンボリックなもので、文字通りorderの外部に出ることです。実際上、このような形で「外に出」たとしても、この映画の設定同様、生きることなど出来はしないでしょう。しかし「何か」があるとしたら、このような脱臼、orderの外部性の侵入以外にはありえません。
 映画のラストは「シロクマ」で終わるのですが(その意味は観てのお楽しみ)、このシロクマこそ、回帰した現実界の姿です。

 さて、映画そのものの構造として素晴らしいのは上の通りなのですが、細かい点でも、『スノーピアサー』は非常に楽しませる作品になっています。
 個人的に気に入った点は数多くありますが、まず、ベタな女性キャラが一人もいないことです。強いていえばコ・アソン演じる列車生まれの少女が「ヒロイン」ですが、彼女も薄汚いヤク中で、ギリギリで記号化されるのをかわしています。
 怪演しているのがティルダ・スウィントンで、戯画的にステレオタイプな女性経営者のような役を作り上げています。ものすごい訛りで喋るのですが、これはヨークシャ地方のアクセントだそうで、サッチャー首相を意識しているようです。
 オクタヴィア・スペンサー演じる「母ちゃん」も素晴らしいです。皆んなものすごい強いです。
 この映画は韓・米・仏合作で、監督は韓国人ながら主演や主な登場人物は西洋人が多いのですが、作品の作りは近年の韓国映画の良いところが非常に出ています。別の監督ですが、『オールド・ボーイ』を彷彿させるカメラワークで、昔の鈴木清順の映画のようです。
 重要な役割を演じる韓国人俳優のソン・ガンホも凄く良いです。こういうタイプの俳優さんが日本ではあまり見かけなくなってしまったのですが、これも昔の原田芳雄のようです。最近の俳優さんは何だか線が細くて喧嘩が弱そうなのばかりでうんざりするのですが、こういう骨の太いオッサンにはもっと活躍して頂きたいです。
 暴力描写も韓国映画のテイストがあり、北野映画とはまた少し違う、非・ハリウッド的な味があります。日本人が大体ロクでもない役で出ているのはご愛嬌。
 劇中、巨大なカーブを曲がる列車で、同じ列車の別の車両を狙撃するシーンがあるのですが、このアイデアには舌を巻きました。素晴らしい演出です。

 とにかく見て損のない映画ですので、是非劇場でご覧になることをお薦めします。

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