『アルゴ』ベン・アフレック

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 1979年のイランアメリカ大使館人質事件における実話を元にした映画です。テヘランのアメリカ大使館占拠時に脱出し、カナダ大使公邸に匿われていた6人のアメリカ人を、CIAのトニー・メンデスが『アルゴ』という架空のSF映画をでっち上げ、そのロケハンスタッフに偽装することで救出する、という物語です。このような荒唐無稽な作戦が本当に実行され、しかも成功したということが驚きです。
 映画全体としての印象は、かなり良いものでした。
 何よりもフィルムの質感が素晴らしいです。70年代の雰囲気を出すためか、ペッタリとした質感のある画に仕上げられていて、これが大画面で見られただけでとても幸せでした。最近の映画はパキパキした角の立った画ばかりで、CGばかりが目につき、観ていてしんどいです。この作品でも新しい技術が色々と使われているのでしょうが、そういう印象を抱かせないのは見事です。
 また、70年代の風景・ファッションがとても良いです。特に車と電話機が素晴らしい。昔の車はどうしてこんなにカッコイイのでしょう。今は当時よりずっと技術が進歩していて、その気になればああいうデザインの車を作ることだって出来るのではないかと思うのですが、なぜ丸っこいつまらないデザインばかりなのか不思議です。わたしは車に興味がなく、車種も分からないのですが、あの角ばったデザインでフェンダーミラーの車などがあれば、ちょっと欲しいという気持ちにもなるのですが。
 また、あのプッシュ式でやたら受話器の重い電話機もイイです。これは単に、自分の幼年期に家にあった電話がああいう形だったから、というだけかもしれませんが。
 それから、主人公を始めとして、多くのキャラがやたらタバコを吸いまくっているのも好印象です。こういう描写が最近の映画では見られなくなりました。

 さて、素材がイラン革命ということで、一番心配していたのはステレオタイプな描写がなされ、「頭のおかしい群集」がメチャクチャをする、というだけの描き方をされていないか、ということでした。
 映画冒頭で事態の経緯が説明される下りがあるのですが、その内容的には、そもそもの発端は欧米が傀儡政権のパフラヴィーをでっち上げたから、というのが明確にされています。そういう意味では良心的です。
 「群衆」の描き方は微妙です。こうした描写の最たるものは『ブラックホーク・ダウン』のモガデシュで、あの映画で描かれているソマリアの人々は、まったく何を考えているのか分からないエイリアンかゾンビのような存在でした。
 もちろん、これらはあくまでアメリカの側から見たもので、実際、ああいう状況に追い込まれた人間から見れば、「迫り来る群集」はゾンビ同様の化物に見えることでしょう。また実際、群衆化した人間というのは、ある意味「人間」であることを忘れている面があります。
 ただしこれらは「群衆」の性質であり、ソマリア人やイラン人の性質ではありません。どんな国のどんな人々でも、何かの事情で追い込まれ、怒り狂った暴徒と化せば同じ事をするでしょう。当たり前ですが、一人ひとりは家族のある「普通の人」です。この辺に誤読の余地があるため、「群衆」表現には微妙なものがあるのですが、『アルゴ』について言えば、映画表現として行き過ぎない程度の、必要十分なものであったかと思います。

 演出的には、主人公キャラがそれほど立っておらず、他のキャラもハリウッドのおっさん二人を除くと今ひとつ印象に残らないのですが、それにも関わらず引きこまれます。冷静に考えると、作戦そのものの奇抜さ以外には、これといってびっくりするような要素はないのですが、画面の質感が豊かなせいか、最後まで安心して観ていられました。

 主人公であるCIAのトニー・メンデスは、命をかけて6人を救出した英雄として、秘密裏に勲章を授与されたそうです。しかしこの映画の真の英雄は、カナダ大使邸宅でメイドとして働いていたイラン人のサハルさんではないかと思います。
 少なくとも映画の中では、彼女は6人の「客人」が実はアメリカ大使館から脱出した人々だと気づきながら、自らの命の危険も顧みず、革命防衛隊に嘘をついてかばいます。これが史実なのかどうか分かりませんが、本当だとしたら、何と見上げた侠気でしょうか。彼女は革命防衛隊が血眼になって探している6人を売ることで、「英雄」になることもできたのです。にも関わらず、目の前で生きて呼吸している人々の命を守るために体を張り、最後はイラクへと脱出することになります。アメリカ政府は、彼女こそ同胞を救った大恩人として叙勲すべきです。
 物語の中では彼女のその後は描かれていませんが、逃げた先のイラクはその後祖国と戦争になり、それが終わっても暗い時代が今に至るまで続きます。彼女のその後がとても心配で気になります。

 わたしは残念ながらペルシャ語はまったく分からないのですが、決まり文句や宗教的なアラビア語からの借用語については、ところどころ聞き取れました。画面上の文字についても、固有名詞・宗教用語・外来語は分かります。
 ただ、デモ隊のプラカードの文字が綺麗すぎて、ちょっと作り物っぽさが目につきました。実際の撮影はトルコなどで行われたようです。本物のテヘランを知っている人なら、他にも色々とアラが見えたかもしれません。雰囲気的には、アラブに比べると洗練されているイメージの「イランっぽさ」はそれなりに表現されていたように思います。
 エマニュエル・トッドなども指摘していますが、政治的理由で喧伝されているイメージと異なり、イランはかなり近代化・民主化の進んだ国です。欧米の変な介入がなければ、もっと開かれた国になっていたでしょう。また歴史的・文化的意味でも、細やかな感性を備えた人々で、少なくともアラブに比べれば、多くの日本人とも割と通じやすいタイプの文化なのではないかと思います(もちろん実際は個人の問題ですが)。
 サハルさんがイラクに入国する場面では、この映画で唯一アラビア語が話されています。それがちゃんとイラク方言っぽい発音になっていて、芸の細かさが感じられました。



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