『ネパール人の暮らしと政治―「風刺笑劇」の世界から』山本真弓

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4121011538 ネパール人の暮らしと政治―「風刺笑劇」の世界から (中公新書)
山本 真弓
中央公論社 1993-10

 政治風刺劇を素材に、ネパールの政治・社会を描く『ネパール人の暮らしと政治―「風刺笑劇」の世界から』。本書を手に取ったのは、山本真弓氏が以前ご紹介した『言語的近代を超えて―“多言語状況”を生きるために』が非常に面白く、その共著者の一人だったからです。
 まず、風刺劇、つまり「お笑い」を素材にしている時点で、著者の只ならぬ気迫が感じられます。「お笑い」というのは、どの言語でも一番理解が難しく、要求される言語能力はニュースや論説文の比ではありません。翻せば、それだけその言語使用者の日常感覚に密着しているということで、「お笑い」を通じて公式メディアには表れない政治・社会の問題を描き出そう、という試みは、とても挑戦的でかつエキサイティングです。
 話題にされる問題は、王室問題、激烈な格差問題、民族対立、言語問題、インド以上に複雑かつ根深いカースト制度、少数民族、反インド感情など多岐に渡り、どれについても、実際にネパール人たちと共に暮らしながら得た「手触り感」のある平易な解説が付されています。ネパールに関する報道・情報自体が日本では少ないですし、「ネパール概説」としても有益です(わたし自身がネパールをほとんど知らず、とても勉強になった)。それ自体が一つの「世界」であるようなインドやインドネシアと異なり、ネパールには比較的一様な社会であるようなイメージがありますが、実情は全く異なることがわかります。

 ネパールに限ったことではありませんが、「途上国」の貧困の本質が、国際的というよりむしろ国内的格差であり、その背景に国内既存権力と「何事もなく貧しいままでいて欲しい」先進国資本の癒着関係があることが、抉出されています。

GNPの数字はどうやら、ネパールの国の内部にお金がない、ということを語っているだけで、ネパール人がお金を持っていない、ということを意味しているわけではないようだ。なぜなら、援助とか借款という形で外国から入ってきたお金は、ヒモ付き援助をする援助国に再び返っていくか、さもなくば一部のネパール人へ贈られる賄賂に変身したあと再びネパールから出て行って、ネパールの一個人の名義で、外国の銀行に預けられるというのが実情のようだからである。

ネパールの政治家たちは、ロッキード事件やリクルート事件などで報道された数億円という日本の賄賂額を持ち出して、ネパールに出入りする日本人ビジネスマンにそれと同じくらいの金額を要求したりもするのだという。もっとも、この点に関して、金銭感覚の麻痺しているネパールの政治家だけを非難するのは公平ではないだろう。日本人と一緒に仕事をしていたあるネパール人は、「日本人は賄賂に対して極めて鈍感だ。契約を取り付けるために裏金を差し出すのは当然だと思っているふしがある。何の罪の意識もないみたいだ」と語る。

 本書で注目されるのは、日本におけるネパールについての報道や日本企業のネパールにおける行動について、かなり具体的な批判が見られることです。
 NHKの環境問題についての番組で、あたかもネパール人に避妊の習慣がないことが人口爆発につながり、森林の破壊をもたらしている、という内容があったそうですが、これが一面的な見方にすぎず、インドからの人口流入の問題などが指摘されています。そもそも、極めて質素な生活を送っているネパールの人々を環境問題の視点から批判する資格が、大量の化石燃料を消費している日本人にあるのか、という点も大いに問われるべきです。同じくNHKの別の番組では、「神秘のネパール」を演出する大量の「やらせ」が行われていたことも告発されています。
 最大の問題は、日本ネパールの関係の中心にあるのが、ODAを日本企業が「回収」する(その過程でネパールの一部権力が賄賂で潤う)、という「経済関係」だということでしょう。ネパールには存外に多くの日本人が在住しているようで、小国の首都であるカトマンズに何軒もの日本料理店があるそうですが、その割に「ヒマラヤの神秘」以外のネパール情報は流れてきません。そうした状況の背景の一つとして、著者は日本ネパール協会を批判の対象にあげています。

日本でネパールの政治状況についてほとんど知られていない理由のひとつは、仕事でネパールにかかわっているビジネスマンやネパール好きの日本人たちの「友の会」的な役割を果たしている日本ネパール協会が、日本政府とネパール政府の友好関係を保つために、外務省の後援で積極的に民間レベルでの活動をしているせいではないか、と私は思っている。というのも、ネパールに関する情報の数多くを握っている日本ネパール協会の会報を読むと、援助国である日本政府と被援助国であるネパール政府にとって差し障りのあるような記事は、一切掲載されていないからだ。

 個人的なネパールへの関心の薄さに因るところが大ですが、実際、本書で描かれているネパールの「実情」について、少なくともわたしはほとんど何も知りませんでした。

 ネパールそのものや本書で取り上げられている政治風刺というよりもむしろ、山本真弓氏という研究者の放つ独特のオーラが非常に魅力的な一冊です。「歯に衣着せぬ左派論客」というより、そんな卑小な政治図式や暗黙の遠慮のようなものを飛び越えてしまっている感じです。良い意味で「天然ボケ」な方なのかもしれません(笑)。
 山本真弓研究室のサイトを眺めてみると、ここにもわたしの感じた氏の独特の不思議オーラが満ち溢れています。正直、依然としてネパールそのものには深い関心を抱いていないのですが、山本真弓さんという人間が気になります。

 本書で取り上げられている政治風刺コンビについては、笑いの抵抗運動~「マハ」映画の世界~というサイトにも記述がありました。

 本書との関連ではもう一つ取り上げたいことがあるのですが、本書の主題からは少し離れるため、エントリを分けます。



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