刺された者の魂と刺した者の魂を主が救われますように

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

Hagex氏の話はどこか村崎百郎を思い出させる。経緯は全然違うのだけれど。
刺して良いとは全く思わないけれど、刺す以外なら何でも許されるわけでもない。実際、調子に乗っていれば刺される以外の報いを色々受けるのが世の中だけれど、中には刺す以外にやり方を知らない人、方法を奪われた人たちがいて、そういう一番(色々)弱い者が刺す。刺された者を聖人化しようとも思わないし、刺した者をことさら晒し者にしようとも思わない。もう十分晒し者にはなってきたのだろうから。
「犯罪者」を前にして、自分の方が娑婆にいることをどこか後ろ暗く思うくらいで真っ当ではないのか。
彼らが(色々と)弱かったお陰で、わたしたちは相対的に多少は強かったのだから。
強い弱いで語るその切り口自体が既に地獄の入り口なのだけれど、少なからぬ人びとはもう入り口を過ぎて道半ばまで進んでいて、引き返すことができない。
強いて言えば、あなたの目の前にいて、あなたのことを本当に思っている人以外の言葉は、あまり真面目に聞かないことだ。一切聞かなくても罪ではない。誰も思ってくれないなら、まずは誰かのことを本当に思えばいい。必ず、見当違いの方向から思ってくれる人が現れる。それが良いとか幸せとかは言わない。むしろ最悪かもしれない。そういう風にできているのだと思う。もちろんほぼ自戒で言っている。
刺された者の魂と刺した者の魂を主が救われますように。



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする