見えない道

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 例によって気持ち悪い自分語りなんですけど、「思想」をやっているつもりはあまりないのですよ。そもそもが本職でもないし、教養もないですから。でもそういう話でもなくて、何か自分の中の信念なりポリシーなり、そういうものがあって、そこから演繹して物事考えよう、という感じがないのです。あまり興味がない。そもそもがさして芯がある人間でもないですから。
 では何をやっているかと言えば、笑われるでしょうが、文学ですよ。はい、ここ笑うところです。
 怒る方もいらっしゃるでしょうね。怒ってください。ごめんなさい。本当、申し訳ないです。
 なぜこんなものを文学と言うのかと言えば、わたしが関心があるのは結局のところ、理解不能であったり、わかることはわかるけれどしっくりこない、自分のリズムで行こうとするとざらっとした壁に当たってしまって心の中に入り込めない、そういうものの持っている理路というか、決まった筋道みたいなものを感じることだからです。
 みんな、自分の通り道みたいなものを持っていると思うんですよ。子どもの頃から通いなれた道。そういう道って、かなり幼い頃に轍がついて、その後は勉強しようが経験を積もうがそれほどは変わらないのではないかと思うのです。多少、横にそれたり、何度も通ううちにしっかり跡がついたり、がっちり舗装したりはするんですけれど、大枠ではあんまり変わらない。
 そういう道が、縦横に走っているんです。
 で、みんな自分の道を行ったり来たりしているから、横を走っている道にも気づかなかったり、交差して一瞬で通り過ぎちゃったりするんですね。
 ほかの道に入ろうとしても、ぼんやりしていてすぐわからなくなってしまう。獣道みたいな感じです。ある動物には日を見るようにはっきりしているのに、別の動物には何もないように見える。
 あるいは、空を飛ぶ鳥。鳥って皆さん、自由に空を飛んでいると思うでしょう? でもあれ、種類ごとに飛ぶ高さとか飛び方とか、結構決まっていて、しっくりくる道みたいのがあるみたいなんですね。勿論人間にはわかりませんよ。ただ空があるだけです。でも鳥からしたら、見えない道がある。そんな感じの道。
 そういう道みたいのの「しっくり加減」を見つけるのが、文学ではないかと、わたしは勝手に思っているのです。
 違いますか。違うかもしれませんね。もっとちゃんと文学をやっておられる方に怒られるかもしれません。重ねて申し訳ございません。生意気申しております。
 わたしは自分の言っていることも、もともとの道からしたらさほどしっくり来ているわけでもないんですよ。正しいとも思っていない。でもそこにはそこで何か、しっくり加減みたいなものがあるんじゃないの?と思っている。今のわたしにはわからなくても、あるいは一生わからなくても、何か道があるんじゃないかと思ってしまう。
 自分の道じゃなくても、何度も触って通っていれば、ちょっとずつ感じるようになるんじゃないかと思うんですよ。筋道じゃないんですけどね。こう、「ああ、この感じかぁ」みたいのがあるんじゃないかと思うんです。

 わたしはまあまあ長いこと武術を齧っている(大体ずっと齧っているだけです)人間なのですが、ばちっと身体がハマっている時って、空中に見えないレールみたいのがあるんですね。目には見えないですが、触ればわかります。通れるところなんて最初から決まってるんです。そのレールの上を確実に滑っていくと、結果として技なりなんなり、動作になる。
 もちろん相手のいることですから、思い通りにはなりませんよ。相手は相手で道を通ってやってくるんです。この時多分、自分の道というのを本当に守りきれた方が勝つんです。いや、実際には体格やら運やら色々あるので、スポーツ的な意味で勝つかどうかはわからないんですけれど、たとえ負けても、守れた人は勝ちだと思います。
 古い武術の型とかありますよね。あれも文字通り形だけやったり、技みたいに考えても仕方ないと思うんですよね。いや、それはそれで無意味とは言わないし、型分解とかいろんな道場でやっておられると思いますけど、こう、何を考えてこんな型を作ったのかなぁ、みたいのが一番面白いと思うんですよ。そこにはやっぱり「作者の言いたいこと」みたいのがあると思うんです。「こう来てこう来たらこうでしょ!」みたいな。それは絶対の正解ではないし、だから色んな流派とか色んな型とかあるんですけど、「それはそれで良し」みたいなしっくり加減があると思うんですね。そういうのをすごく知りたい。「わたしならこうするけどな~」とか思ってるともう先回りされていて、「あっあっそういうこと!?」ってびっくりしたり。
 わたしにはわたしのレールがあるんですけど、たぶん世界にはわたしの知らないレールもあって、それは知らないだけで、最初からそこにあるんです。

 そういうのをね、感じたいと思ってずっとやっています。
 手探りで試してうまく乗れると「あっあっあっ」という感じで筆が滑りますね。滑っているということは、そこに何か、つるつるしたレールみたいのがあったんだと思います。違いますかね。違うかもしれない。その辺、いつも不安の中でやっています。
 わたしが何を思っているかなんて、どうでもいいんです。思うとかなんとか、そんなものをなくしてしまいたいんですから。大体、大したこと考えちゃいないんです。思想なんてないですよ。馬鹿なんだから。
 でもこう、見えない道みたいのは、触りたくてたまらないんですね。たまらないです。



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