間違っていたら間違っていたで、とりたてて何も変わることなく

 わたしは大体間違っています。
 いや、間違っていないのかもしれません。それすらはっきりしません。
 少なくとも自分自身の記憶をたどる限り、(もしその記憶が間違っていないとして)ある一時期における確信や信念、あるいは情熱のようなものが、別の一時期にはまったく空疎になっている、ということはしばしばありました。
 ですから、今現在確信していることであったとしても、「まぁどうせ間違っているのだろう」という冷めた目線というのがもう一つあります。そういうのは、ある程度年齢のいった人間であれば、よくあるお話ではないかと思います。年齢を重ねることで逆に妙な確信が芽生えてしまう人もいますが。
 筋道立てて考えて、理屈からいって間違いないだろう、などと思っていても、これまでの人生でも何度も計算間違いをしているわけです。演算規則というものが明晰判明に定められていたとしても、その運用で人が間違えることはしばしばあります。
 さらに言えば、その演算規則、正確に言えばわたしの目に映る規則というもの、それ自体が誤っているかもしれない、と考えます。これはかなり、想像するのも難しいことで、哲学者によっては疑い得ないことだと思っているようですが、わたしはまったく疑い得ると感じています。夢の中での奇妙なロジックに対する確信のような例がありますし、今現在わたしが信じている演算規則自体、サタンか何かがわたしに注入しているだけの妄想かもしれません。
 さらに、そう思考している主体というものすら、十分に疑い得ると感じています。その主体の存在が間違いない、というのは、言語のロジックの中で主語というものの抽象度が高い場合だけです。わたしはそういう言語で思考しておらず、主体を示す人称代名詞が普通名詞と地続きになっている世界に住んでいます。わたしは、わたしの思考自体が「わたし」なるものに注入されている、と想像することができます。当然、それを見ているわたし、というものが無限背進的に想定可能なのですが、そのわたしは言語の外にこぼれ落ちているようでもあり、また殺人現場を目撃している木々のようでもあります。

 ところで、まるで話が変わるようですが、一方に経験というものがあり、また一方に超経験的な知というものがあります。いわゆる現代科学的なものは、超経験的な知です。これはわたしたちの直感を必ずしも信じず、そこを捨象してより抽象度の高いところでの一貫性を求めて構築されたものです。
 経験が間違えるということは誰しも疑い得ないことかと思いますが、経験によらない知というものも、また間違うことができます。それは一つには、検証可能性を明示できない言明が無意味であり、超経験的な知は常に反証可能性を示していなければならない、ということではありますが、もっと素朴に、この超経験的な知の主体というものにも欠落があるからです。それはつまり、完全なる閉じた大文字の他者はいない、ということですが、往々にして知的な階級の人びとが見落としていることでもあります。超経験的な知の主体は、おそらくわたしという主体に比べて随分と賢いのですが、それもまた神でもないし、夢から覚めればくたびれた平凡な男たちだったりするものです。
 要するにどちらもそれほど信用できるものでもなく、とりあえず今日のところはおおよそ信じて暮らしているにせよ、明日には間違っているのかもしれない、とぼんやりと予感させるものでしかありません。

 そうした中で、なにかを信じるとしたら、それはただの確信といったことでもないし、普通に言われる意味で「信じる」ということでもありません。そういう意味で、信じるに足るようなものはこの世のどこにもないでしょう。
 どちらかというと、「間違っていたら間違っていたでまぁいいや」という諦念のようなものです。間違っているかもしれない、たぶん間違っているだろう、でもまぁ、それはそれでもう仕方がない、というところで、もう力なくどこかに賭けるのです。
 この賭けは勇ましい確信に満ちたものでもなく、不安を振りきって未来のために賭けるというのでもなく、ただの諦めです。面倒くさいから賭けているだけです。
 わたしがそうやって「間違っていたら間違っていたでまぁいいや」と思いながらとりあえず信じているものは大変慎ましいもので、信仰の名に値するものでもなく、その欠片の残骸のような、極めて断片的なものです。その他は、自分の経験の中でおそらく間違っているであろう、どうでもいいいくつかの事柄にとりあえず賭けています。超経験的なものについては一つも信じていません。
 そうやって、わたしは、わたしが間違っていたことを証明されるのを、ただ眺めているのです。
 間違っていたら間違っていたで、とりたてて何も変わることなく。



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