フランス映画『最強のふたり』を観てきました。
『最強のふたり』(さいきょうのふたり、Intouchables) は、2011年のフランス映画。頸髄損傷で体が不自由な富豪と、その介護人となった貧困層の移民の若者との交流を、ときにコミカルに描いたドラマ。2011年にフランスで公開された映画の中で2番目のヒット作となった。
実話を元にした作品で、まぁ言ってしまえば「心あたたまるちょっとイイ話」な訳ですが、ロングランを続けているだけあって、予想よりずっと良い作品でした。
不朽の名作、というような強烈なインパクトのある映画ではありませんが、風景や一つ一つのショットが非常に美しく、エピソードも丁寧に構成されていて、安心して観ていられます。歳のせいか、こういう安らぐ映画の方が好きになりました。スポーツカーで失踪するフランスの田舎の風景も素晴らしいです。フランスという国家には、個人的にはあまり良いイメージがないのですが(すいません)、映画や風景は確かに素敵です。
特に気に入ったのはフィリップの誕生会のシーンと、電動車椅子を改造して爆速にしてしまう場面。前者では、フィリップが様々なクラシックの名曲を楽団に演奏させるのですが、ドリスはまったく解さず、代わりにアース・ウィンド・アンド・ファイアーを聞かせます。まぁベタなネタと言えばベタなのですが、単にアース・ウィンド・アンド・ファイアーやあの時代の音楽が好きなので、とても楽しかったです。それから、フィリップの娘のナヨナヨしたボーイフレンドが、ドリスに言われるままに毎朝クロワッサンを届けるようになるのもイイです。
で、これは些事なのですが、映画冒頭から違和感を持っていたのが、黒人青年ドリスの風貌です。
フランスの貧しい移民子孫ということであれば、旧植民地のマグリブ地方、つまりアルジェリアやチュニジア、モロッコ出身のアラブ系が多い筈です。しかし、演じている俳優はブラックアフリカ系。でも、名前のドリスはニックネームのイドリースが訛ったもので、これはアラブ系の名前です。
映画の最後に本物のドリスとフィリップが映し出されるのですが、本物のドリス(本名は Abdel Yasmin Sellou)はモロッコ系で、風貌は典型的なアラブ人のそれでした。
演じている俳優さんはオマール・シーで、عمرですからムスリムの名前ですが、セネガル系の父、モーリタニア系の母から生まれたそうです。つまり、おそらくは「半分アラブ系」の血筋なのでしょう。
もちろん、モロッコやモーリタニアといっても、生物学的な意味での人種としては多様でしょうし、必ずしも「アラブ顔」な人ばかりではありません。エジプト人も風貌的には非常に多様で、まるっきり西洋人のように見える人、アラブ系、スーダン人のようなブラックアフリカ的な顔つきの人と、色々です。
本物のドリスのAbdel Yasmin Sellouという名前も不思議です。Abdelというのは「~の下僕」ということで、「アブドゥルほげほげ」と「何かの下僕」という形式を取ります。「何か」はもちろん主ですから、普通は「アッラーフ」または主の美名の一つが使われます。アブドゥルアジーズとかアブドゥッラーとかです。
でもYasminというのは女性名で、主の御名ではありません。Yasminはミドルネームで、彼の元々の名前は「アブドゥルほげほげ」だったのだけれど、言いやすいように「アブドゥル」だけにしてしまったのでしょう。あるいは、移民二世・三世であれば、元々の文化が既に失われていて、名付けられた時点から「アブドゥル」だけだったのかもしれません。アブドゥルアジーズという人が西洋人向けにジーズというニックネームを使っているのに会ったことがあります。
実際のところ、フランスならマグリブ系だけでなく、ブラックアフリカ系の移民子孫も多く暮らしていることでしょう。比率的にどのくらいなのかはよく分かりません。
使われているジョークには結構ギリギリなものがあり、アメリカだったらこの企画は実現しなかったでしょう。また、そもそも移民の位置付け・イメージがまったく異なるので、アメリカ映画では成立しないでしょう。