ザカリーヤーとヤヒヤー(彼らの上に平安あれ)

 この時代にはおかしな風潮があり、千もの異なる矛盾するものが、止むことなく争いながら共に暮らしていました。
 アッラーへの信仰がエルサレムの偉大なマスジドを照らす一方、脇のユダヤ人の市場では嘘がまかり通り、マスジドへの足を遠のかせていました。
 この世の常で、すべてのものは反対者と争います。善と悪、光と闇、真実と嘘、預言者と圧制者。すべてのものは、存続をかけて争うのです。
 この古い時代、一人の預言者と、人々のために祈る偉大な学者がいました。その預言者の名はザカリーヤー(彼の上に平安あれ)といいました。一方人々への祈りにアッラーの選ばれた偉大な学者は、その名をイムラーン(彼の上に平安あれ)といいました。
 イムラーンの妻は、子供を欲しがっていました。
 町に夜明けが訪れ、イムラーンの妻は鳥たちに餌をやりにでかけました。そして風景を眺め、その前で長いこと考え事をしていました。
 そこには、雛に餌をやり水を与える鳥がいました。鳥は雛を、寒さを避けて羽の下に入れました。この風景は彼女に自分自身のことを思い起こさせ、彼女は子を授けられることをアッラーに願いました。手をあげ創造主に子を授けられるよう祈りました。
 アッラーの慈悲は彼女に応えられ、ある日彼女は身ごもっていることを感じました。彼女は喜びとアッラーへの感謝に満たされ、お腹の中の子をアッラーに捧げました。
{主よ、わたしは、この胎内に宿ったものを、あなたに奉仕のために捧げます。どうかわたしからそれを御受け入れ下さい。本当にあなたは全聴にして全知であられます 3-35}
 この意味は、彼女はアッラーに、息子を、生涯マスジドで奉仕しアッラーへの信仰とその家での奉仕に専心する者とする、と約束したということです。
 出産の日が訪れ、イムラーンの妻は娘を生みました。母は驚きました。マスジドでの奉仕と信仰のために、息子を求めていたからです。女の赤ん坊がやって来ても、男と女は違うにも関わらず、この母はアッラーへの約束を果たそうと決めました。
 イムラーンの妻は、こう祈りました。
{主よ、わたしは女児を生みました。アッラーは、かの女が生んだ者を御存知であられます。男児は女児と同じではありません。わたしはかの女をマルヤムと名付けました 3-36}
 讃えある至高なるアッラーは、イムラーンの妻の祈りをお聞きになりました。アッラーはわたしたちが言うことも、独り言で囁くことも、言ったりしたりしたいと思うことも、聞いていらっしゃいます。アッラーはこれらすべてをお聞きになり、ご存知です。
 アッラーは、彼女が娘を産んだと言うのをお聞きになりました。アッラーは彼女が出産したことを彼女以上にご存知で、アッラーだけが、子を男にするか女にするか選べるのです。
 讃えある至高なるアッラーは、イムラーンの妻、つまりマリヤムの母の祈りに応えられ、アッラーは{恵み深くかの女を嘉納され、かの女を純潔に美しく成長させ 3-37}ました。アッラーの慈悲は、この娘が世界で最良の女性となり、その誕生がアーダムの誕生のような奇跡となる預言者の母となることを望まれました。アーダム(彼の上に平安あれ)は、父も母もなく産まれましたが、イーサー(彼の上に平安あれ)は、父なくして産まれました。結婚せず誰も触れていない純潔の母から産まれたのです。
 最初、イムラーンの娘マリヤムの誕生は、ちょっとした問題になりました。
 イムラーンは、マリヤムの産まれる前に亡くなっていたのです。この時代の学者たちや長老たちは、マリヤムを欲しがりました。
 皆がこの名誉、偉大な学者であり彼らの礼拝を司るイマームであった長老の娘を育てる名誉を求めて競い合いました。
 ザカリーヤーは言いました。
「わたしが彼女を育てます。彼女はわたしの親戚ですから。わたしの妻は彼女の叔母にあたります。わたしはこの民の預言者で、彼女に最も相応しい者です」
 学者たちと長老たちは言いました。
「なぜわたしたちの誰かが養育してはならないのですか。わたしたちが参加することなく、あなたがこの功労を得るのは、見過ごせません」
 くじびきをしないと、争いになりそうでした。くじを引き当てた者が、マリヤムを養育し、育て、彼女に仕える栄誉を手にするのです。そして彼女が大きくなったら、マスジドで奉仕しアッラーへの崇拝に専心するのです。
 くじびきが行われました。乳児のマリヤムが床に座らされ、その脇に彼女を養育したい者の筆が置かれました。幼子はザカリーヤーの筆を選びとりました。
 ザカリーヤーは言いました。
「わたしが養育するよう、アッラーが裁定を下されました」
 学者たちと長老たちは言いました。
「いや、くじびきは三回引きましょう」
 二回目のくじびきが行われました。皆が木の筆に自分の名前を彫り、言いました。
「筆を川に流し、流れに逆らって筆が進んだ者が勝者です」
 筆を川に流すと、ただザカリーヤーの筆を除いて、すべての筆が流れと共に進んでいきました。ただ一つだけが、流れに逆らったのです。ザカリーヤーは、これで彼らも納得するだろう、と考えましたが、彼らは三回目のくじを行うことに固執しました。
 筆を川に流し、流れと共に筆が進んだ者が、マリヤムの養育者となることにしよう、と言ったのです。
 筆を投げると、ただザカリーヤーの筆を除いて、すべての筆が流れに逆らって進みました。
 彼らはザカリーヤーに降参し、マリヤムの養育を彼に託しました。
 ザカリーヤーはマリヤムの世話を始め、彼女が大きくなるまで、敬意をもって養育しました。
 彼女には、マスジドの中に特別な生活の場がありました。崇拝のための聖所です。その場所から彼女は、少しも出ようとしませんでした。彼女の時間は、すべてが礼拝と崇拝、アッラーの唱念と感謝、愛に捧げられたのです。
 この聖所を、時々ザカリーヤーが訪れました。
 突然に訪問するたびに、目にするものに驚かされました。
 夏に彼女の前に冬の果物があり、冬に彼女の前に夏の果物がありました。ザカリーヤーが、この恵みがどこから来たのか尋ねると、彼女は、アッラーの元から、と答えました。
 このような光景が、何度も繰り返されました。
{ザカリーヤ一が、かの女を見舞って聖所に入る度に、かの女の前に、食物があるのを見た 3-37}
 ザカリーヤーは年老いて骨も弱まり、髪も白髪で、もう長くは生きられないと感じていました。マリヤムの叔母でもある彼の妻は、不妊で、それまでに子供を産んだことがありませんでした。ザカリーヤーは、彼の学問を受け継ぎ、預言者となり民を導き、アッラーの書と許しに呼びかけることのできる息子が、欲しいと思っていました。
 ザカリーヤーは、この考えを誰にも言いませんでした。妻に対してさえも。しかし、至高なるアッラーは、彼が口にする前にそれをご存知でした。
 ザカリーヤーが朝マリヤムを訪れると、その前に季節ではない果物がありました。ザカリーヤーは彼女に尋ねました。
{マルヤムよ、どうしてあなたにこれが(来たのか) 3-37}
{かの女は(答えて)言った。「これはアッラーの御許から(与えられました)。」本当にアッラーは御自分の御心に適う者に限りなく与えられる 3-37}
 ザカリーヤーは一人呟きました。
「アッラーに讃えあれ。あらゆることが可能でいらっしゃる」
 そして、その胸で子孫を望む愛しみの炎が燃え上がりました。
 ザカリーヤーは、アッラーの慈悲を唱念し、アッラーに祈りました。
{かれは密かに請願して、主に祈った/かれは言った。「主よ、わたしの骨は本当に弱まり、また頭の髪は灰色に輝きます。だが主よ、わたしはあなたに御祈りして、御恵みを与えられないことはありません/只々わたしの後の、近親(と同胞のこと)を恐れます。わたしの妻は不妊です。それであなたの御許から、相続者をわたしに御授け下さい/わたしを継がせ、またヤアコーブの家を継がせて下さい。主よ、かれを御意に適う者にして下さい」 19-3 – 19-6}
 ザカリーヤーは、創造主に、大きな声を出すでもなく、預言者を継ぎ、叡智と功労と学問を引き継ぐ子を恵まれることを、乞うたのです。ザカリーヤーは、彼の死後に預言者が遣わされず、民が迷うことを恐れていました。
 至高なるアッラーは、ザカリーヤーにお応えになりました。
 ザカリーヤーが心のなかでドゥアーを囁くや否や、聖所で礼拝していた彼に天使が呼びかけました。主の慈悲がこう彼に呼びかけました。
{ザカリーヤーよ、本当にわれはあなたに、ヤヒヤーという名の息子の吉報を伝える。われは未だ且つて誰にもその名は授けなかった 19-7}
 ザカリーヤーは、この吉報に驚きました。かつて似たもののなかったような子が産まれるというのです。ザカリーヤーは、喜びの余り混乱し、驚きをこう表しました。
{主よ、わたしにどうして息子がありましょう。わたしの妻は不妊です。その上わたしは極めて高齢になりました 19-8}
 アッラーは、話すことのできない三日間が訪れるだろう、と彼に告げられました。病気になるわけでもなく、口をきくことができなくなる、というのです。それが起これば、妻が妊娠し、アッラーの奇跡が実現されることが確証されるのです。その時彼は、手振りでしか人と話せななくなり、朝も夜もアッラーを賛美するだろう、というのです。
 ザカリーヤーは、感謝で一杯になり外に出かけ、人々に話しかけようとして、口がきけなくなっているのに気付きました。そして、アッラーの奇跡が実現されたことを知ったのです。民に対し身振りで、アッラーを夜明けも夕も賛美するよう指示しました。彼も心の中でアッラーを賛美しました。
 天使たちが、アッラーがヤヒヤーと名付けられた息子の吉報を伝えました。
 この息子は、父が名を与えることもなく、母が稚児の名を選ぶこともなく、万有の主アッラーが名付けられたのです。
 この偉大なる名誉とこの上ない厚遇のもとに、讃えある至高なるアッラーは、彼の息子ヤヒヤーがアッラーの言葉を信じる者となり、偉大で寛大な導き手となり、真正なる預言者となる、と吉報を伝えられたのでした。
 ザカリーヤーは喜びに打ち震え、流れる涙は年老いた顔と白い髭を濡らしました。彼は、ドゥアーを聞き入れ息子ヤヒヤーを与えて下さったことに対し、アッラーに感謝の礼拝を捧げました。
 出産の日が近づいてきました。
 パレスチナに春が訪れました。大地は緑を増し、空は澄み渡ります。
 月がその銀色の光で、木々や畑を洗っていきます。
 薔薇とオレンジの花が咲き、その香りが辺りを漂います。
 ナイチンゲールは喜びの歌を歌い、空気が深い愛情と美に満たされます。
 そして、ヤヒヤー(彼の上に平安あれ)が産まれました。
{かれの生誕の日、死去の日、復活の日に、かれの上に平安あれ 19-15}
 彼の誕生は奇跡でした。父が子供を諦める年になってから、預言者ザカリーヤーの心を動かす純粋な呼びかけから、産まれたのです。この時代は、純潔さの頂点であったと同時に、圧政の頂点でもありました。
 この時代の純潔さの頂点は、マリヤムでした。
 香り溢れる彼女の閉ざされた聖所は、絶え間ない礼拝の言葉と慎み深い唱念と純潔な心の光に満ちていました。
 マスジドは、礼拝する人たちと学ぶものたち、信心篤い人々で混雑していました。一方、そこからほど遠い場所で、危険な人々の悪が脈動していました。
 ヤヒヤー(彼の上に平安あれ)の幼年時代は、変わったものでした。ほとんどの子供は駄々をこねるものですが、彼はつねに物静かで善良でした。
 動物を苛めたがる子供もいますが、ヤヒヤーは動物たちや鳥たちに、自分の食べ物から餌をやりました。動物を慈しみ、食べ物なしで過ごしたり、自分は木の葉や実を食べていました。ヤヒヤーは大きくなるごとにその顔に光を増し、その心は叡智とアッラーへの愛と知識と平安で満たされました。
 ヤヒヤーは読書を好み、子供の頃からよく学びました。少年となった頃、主の慈悲が彼にこう呼びかけました。
{「ヤヒヤーよ、啓典をしっかりと守れ。」(と命令が下った)。そしてわれは、幼少(の時)かれに英知を授けた 19-12}
 少年のヤヒヤーに、啓典を守れと命令が下ったのです。シャリーアの本です。アッラーは彼に、少年の頃より、シャリーアとそれによる司法に専心する恵みを与えました。彼はこの時代の、最も知識豊かで叡智溢れる人物でした。シャリーアを学び終え、アッラーは少年時代から彼に権威を与えられました。彼は人々の間に裁定を下し、宗教の秘密を詳らかにし、正しい道を教え、誤った道を警告しました。
 ヤヒヤーは成長し、その知も慈悲も増し、両親と人々、被造物、鳥、動物、木々をますます愛しました。彼の慈しみはこの世のもの一般に及び、それを慈悲で満たしました。
 人々を罪の悔悟へと呼びかけ、人々が悔悟から自らを清められるよう、彼らをヨルダン川で清めました。人々のためにアッラーに祈りました。ヤヒヤーを嫌ったり、彼に悪い望みを抱く者は一人もいませんでした。
 その慈しみ、賢明さ、経験さ、学問そして徳により、人々から愛されました。ヤヒヤーは、超俗的な生き方でこれらを高めました。山々や畑、砂漠へと出かけ、そこで何ヶ月も寝泊りし、アッラーを崇拝しその元で泣き、礼拝しました。食べ物に構わず木の葉を食べ、川の水を飲み、生きたイナゴや草などを食べました。山の洞穴などが見つかればどこででも眠りました。
 時々、山の洞穴に入ると中に獣がいました。ライオンや虎、狼です。彼の関心はアッラーの唱念と礼拝で、狼やライオンには構っていませんでした。獣たちが彼を見ると、それが被造物を愛する預言者ヤヒヤーだとわかり、羽で彼を温めたりしました。猛獣も彼に頭を下げ、彼が眠っている時には、誰にも起こされないよう、守ったりしました。時には、狼やライオンがやって来て、一緒に食べ物を食べたりしました。時には、獣たちを慈しみすべての食物をやり、夕食なしで眠り、礼拝と唱念を、身体ではなく魂の糧として満足することもありました。木の葉を食べ、涙を流しアッラーへの愛を唱念し恵みに感謝しながら夜を明かしました。
 ヤヒヤーは人々に対し、アッラーに祈り愛と恭順に涙するよう、呼びかけました。アッラーに対する義務を守り、これに近づくという言葉が、真実味をもって人々の心に響きました。
 朝が来ると、ヤヒヤーは人々の前に姿を現しました。マスジドは人で埋め尽くされ、ザカリーヤーの息子ヤヒヤーは、話を始めました。
 彼は言いました。
「力強く偉大なるアッラーは、わたしたちに五つのことを命じられました。
 並び立つ者なき唯一なるアッラーを崇拝すること。アッラーを他と並べ、アッラー以外を崇拝する者は、買い上げられた奴隷が、主人以外のために働き、賃金を捧げるようなものです。誰がこのような奴隷を好みましょうか。
 またあなたたちに、礼拝を命じられました。まことにアッラーは、下僕が礼拝しているのをご覧んになっています。礼拝するということは、恭順するということです。
 またあなたたちに、斎戒を命じられました。これは、美しいジャコウの香りの包をもった男性のようなもので、この人が通るたびに、ジャコウの香りが漂うのです。
 またあなたたちに、サダカを命じられました。これは、敵に人質にとられた人が、殺されそうになった時に、身代金を払って助かろうとするようなものです。財産を支払い、解放されるのです。サダカは人間を救い、その罪から自由にするのです。
 またあなたたちに、力強く偉大なるアッラーを沢山唱念(ズィクル)することを命じられました。これは、敵に追われた人が、不落の砦に立てこもるようなものです。最強の砦とはアッラーの唱念です。この砦なくして、生き延びることはできません」
 ヤヒヤーは話し終え、演壇から下り、砂漠へと戻って行きました。
 そこは、延々と続く砂が地平線と交わる場所で、聞こえる音は、風の音、木々のざわめき、そして山々にこだまする彼の足音だけでした。この何もない土地の真ん中で、ヤヒヤーは礼拝し、泣き、唱念したのです。
 この時期に、ヤヒヤーと権力者がぶつかることが起きました。
 この時代に、横暴で知性乏しく、品性劣り、自分の意見しか認めない王がいました。その宮殿には腐敗が蔓延していました。
 彼はヤヒヤーについての知らせをいくつか聞き、王である彼が誰にも愛されないのに、民衆がヤヒヤーを大変愛していることに、驚きました。
 この王は、親戚の一人で踊り子をしている女性と、結婚したいと思っていました。
 彼女は王の姪にあたり、その結婚は禁忌でした。王はヤヒヤーに、姪との結婚が許されるか尋ねましたが、ヤヒヤー(彼の上に平安あれ)は「許されない」と答えました。
 王はヤヒヤーに、彼女と結婚したいと言い、それを許可するファトワを見つけるよう言いました。ヤヒヤーは拒み、シャリーアにもとづく裁定を伝え、彼をおいて立ち去りました。王のヤヒヤーに対する怒りはいや増しました。
 この踊り子は彼が王と話しているのを見て、その顔の高貴さ、魂の美しさ、人格の偉大さを感じ取りました。
 踊り子は彼が好きになり、彼のいる山の洞窟を訪れました。ヤヒヤーは泣きながら礼拝に専心していました。彼女は彼の足元に身を横たえ、自分を愛しているか尋ねました。
 ヤヒヤーは言いました。
「わたしの心には、アッラー以外への愛が占める場所はございません」
 女は諦めて立ち上がり、立ち去りましたが、その時には彼女の心に嫌悪が芽生えていました。そして王の城に戻りました。
 夕食が終わり、王が酒を飲み始めたところでした。彼女は酒を注ぎ、彼は頭が大きな風船になったようで、今にも飛んでいきそうな気分になりました。踊り子は立ち上がり、急いで踊りの衣装をまとい、王の元に戻ってきました。王は彼女を見て、頭を風が通り抜け空っぽになっていく気がしました。サロメは踊り始めました。この踊り子の名は、サロメと言いました。
 彼女は七枚の色とりどりの衣装を見にまとっていました。すべての衣装が、違う色でした。彼女は七つの踊りを舞い、その度に一枚ずつ服を脱いでいきました。
 楽器が奏でられ太鼓が叩かれ、女は踊りました。
 七つめの踊りが終わると、彼女は顔を見せ、王に言いました。
「お願いしたいことがございます、閣下」
 酔っ払った暴君は言いました。
「どんなものでも、望みのものをすぐくれてやろう」
 女は言いました。
「ザカリーヤーの子ヤヒヤーの頭が欲しいのです」
 酔いが王から吹き飛び、恐れを感じました。椅子の中で身体を揺らしながら、彼は言いました。
「何か他のものが欲しくはないか」
 彼女は言いました。
「わたしはザカリーヤーの子ヤヒヤーの血が欲しゅうございます。この男を殺して下さらないといけません。もし本当にわたしをお好きなら、彼を殺しに人をやって下さい」
 この女は、黒き悪の極みでした。
 王は四十四杯目の盃を開け、言いました。
「ザカリーヤーの子ヤヒヤーを殺せ」
 サロメは踊りに戻り、言いました。
「今すぐ殺してください」
 近衛兵の隊長が、騎士たちに命令を発しました。
 騎士たちは剣と短刀を手に取り、馬にまたがり、ヤヒヤーを探しに出発しました。

 同じ頃。
 ヤヒヤーは、一人の子供の沐浴(グスル)をヨルダン川で終えたところでした。その子の髪をとかし、頬を軽く叩くと、父の元へやりました。それから、遠い山々へと出発しました。
 程なくして、その場所に命令を受けた王の兵士たちがやって来ました。
 一人の兵士が尋ねました。
「ヤヒヤーはどこだ」
 子の母は言いました。
「なぜお尋ねになるのですか」
 兵士は言いました。
「彼に会いたいのだ」
 子の父が言いました。
「ではあなた方は、この世で最も純潔な魂に会うことになるでしょう。人格の最も慈しみ深く、慈悲に溢れるお方に」
 別の兵士が言いました。
「急いでいるのだ。彼はどこだ」
 子の母は言いました。
「あちらの方へ向かった高潔な人物です」
 その方向に、兵士たちは急ぎました。
 そして剣を携えた罪深い手を振りかざし、高貴な方の首に振り下ろしたのです。岩々が、偉大な預言者を哀れみ割れていきました。彼は殉教したのです。

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