ヌーフ(彼の上に平安あれ)

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 アーダムが亡くなり、歳月が過ぎました。ヌーフの生まれる前に、ヌーフの民の先祖たちには、五人の敬虔な男たちがいましたが、それぞれの時代を生き、死んでいました。
 五人の男たちの名前は、ワッド、スワーア、ヤグース、ヤウーク、ナスルでした。その死後、彼らをいつまでも記念するために、人々は像を作りました。時が流れ、像を彫った人々は死に、その子孫たちが生まれ、死に、そのまた子孫たちが生まれました。彼らはなぜこれらの像が作られたのか、知りません。イブリースはこの機を利用し、人々を欺き、これらの像は神なのだ、と説き伏せ、人々はこの像を崇めるようになりました。
 人々がアッラーへの帰依を捨て像を崇めるようになり、この世のすべての事柄が上手く行かなくなりました。不道徳がまかり通り、生は耐え難い地獄へと変わっていきました。これは人々が、偶像であれ金の仔牛であれ人間の統治者であれ、アッラー以外のものに帰依した時に、いつも起こることです。このような時に、アッラーは(我らの主)ヌーフを、その民の導きのため遣わしました。

 ヌーフは偉大な人物でした。王でもなく、お金持ちでもなく、長老でもありませんでしたが、この時代の最も偉大な人物でした。偉大さとは、王権や富、権力ではありません。心の純粋さと精神の清らかさにこそあり、知性によって磨かれる思想の価値にこそあるのです。
 ヌーフの偉大さには、他にも理由がありました。目覚めたり眠ったり、飲んだり食べたり服を着たり、出かけたり帰ったりするたびに、アッラーに感謝し讃え、その恵みを唱念し、感謝を捧げたのです。だから至高なるアッラーは、ヌーフについてこう仰っています。
{本当にかれは感謝するしもベであった 17-3}
 アッラーは感謝するしもべを選び、彼をその民への預言者として遣わしました。ヌーフは民の元に出て、呼びかけを始めました。
{アッラーに仕えなさい。かれの外に神はないのである。本当にわたしは、偉大な日の懲罰をあなたがたのために恐れる 7-59}
 ヌーフは、創造主以外に神がいるなどということは不可能だ、と説明し、シャイターンが長い間彼らを騙しているのであって、この欺きを止める時が来たのだ、と分からせようとしました。ヌーフは、アッラーが人間を尊んでいることを語りました。いかに創造され、恵みと知性の恩寵を与えたことを。そして、偶像崇拝が知性を縛り付ける悪に他ならないことを。
 人々は黙って聞いていましたが、彼の言葉は、滞った彼らの心には衝撃的でした。丁度、崩れそうな塀の下で眠っている人を、突然揺り起こすようなものです。助けるために起こしたのであれ、起こされた人は多分怒るでしょう。

 地上の悪しき魂は、恐れを感じました。預言者の言葉がもたらした愛が、この憎しみの王座を脅かしたのです。ヌーフの呼びかけに対し、民は二つに分かれました。弱い者たち、貧しい者たち、不幸な人たちの心に呼びかけは届き、その傷と痛みに慈しみを与えました。
 一方、お金持ちや強い者たち、地位のある権力者たちは、呼びかけを疑いの目で見ました。今ある地位に残ることで、利益を得ていたからです。彼らはヌーフに戦いを挑みました。
 まず始めに、彼らはヌーフを人間である、と責めました。
{だがかれの民の中不信心な首長たちは言った。「あなたを見ると、わたしたちと同じ人間に過ぎません」 11-27}
 実際のところ、ヌーフは違うことを言っていたわけではなく、ただの人間であるとはっきり言っていました。アッラーは地上に人間の使徒を送るのです。なぜなら、地上は人間の済む場所なのですから。もし地上が天使の住む場所なら、天使の使徒を送ったことでしょう。
 不信仰者たちとヌーフの戦いは続きました。
 ヌーフに従う者について、彼らはこう言ってヌーフを責めました。お前に付いていくのは、貧乏人や弱者、卑しい者たちばかりではないか。ヌーフは彼らに言いました。彼らはアッラーを信じており、アッラーこそが彼ら自身について一番ご存知なのだ、と。
 そこで不信仰者たちは、取引に訴え、ヌーフに言いました。
 聞きなさい、ヌーフよ。もしわたしたちに信仰して欲しいなら、お前に従っている者を追い出しなさい。彼らは弱く貧しく、わたしたちは民を率いる豊かな者だ。彼らのうちの一人でも受け入れることは出来ぬ。
 ヌーフは不信仰者たちの話を聞き、彼らが頑迷であることを理解しました。にも関わらず、丁寧に、信じる者を追い出すことはできない、と答えました。なぜなら彼らは彼の客ではなく、アッラーの客だからです。アッラーの家は、望む者が入ったり出たりするものではなく、アッラーが望む者を招き入れるものなのです。
 戦いは続き、ヌーフと不信仰者の議論は長引き、とうとう不信仰者の言い分はすべて論破され、何も言うことがなくなってしまいました。ついに礼節もかなぐり捨て、ヌーフを罵り始めました。
{かれの民の長老たちは言った。「本当にわたしたちは、あなたが明らかに間違っていると思う。」 7-60}
 ヌーフは預言者の礼節をもって答えました。
{かれは(答えて)言った。「人びとよ、わたしは間違うことはない。それどころか、わたしは万有の主の使徒である/わたしはあなたがたに、主の神託を宣べ伝え、また助言を呈する。わたしはあなたがたが知らないことを、アッラーから知るものである 7-61 7-62}

 ヌーフは力を尽くし、民をアッラーへと呼びかけました。毎日毎日、何年も。歳月が流れても、昼も夜も、時には明らかに時には静かに、例えを用い、聖句を説明し、世界におけるアッラーの力を明らかにし、ヌーフは呼びかけ続けました。しかしアッラーへと呼びかけるたびに、彼らは逃げ出し、アッラーに許しを請うたびに、彼らは耳を塞ぎ真理に聞こうとしないのでした。
 ヌーフはアッラーへの呼びかけを九百五十年間続けましたが、信じる者の数は増えず、不信仰者ばかりが増えました。ヌーフは悲しみましたが、希望を失わず、民へ呼びかけ議論し、一方で民は尊大で不信仰で横柄なままでした。
 ヌーフは悲しみながらも、絶望せず、九百五十年が過ぎました。洪水前の人の寿命は長かったようですが、ヌーフのこの長寿は特別な奇跡でしょう。ある日、ヌーフに啓示が下りました。
{既に信仰した者の外は、もうあなたの民は信仰しないであろう 11-36}
 アッラーは、彼らについて悲しまないよう啓示を下されたのです。
 この時、ヌーフは不信仰者たちの滅びを願いました。アッラーは預言者の願いに応え、彼に大きな方舟を作るよう命じました。

 アッラーは方舟を作るための木を育てるよう命じました。ヌーフは気を植え、何年も待ち、それを切り、何年もかけて大工仕事を続けました。方舟は長く巨大で、三層から成っていました。一番下は動物、真ん中は人間、一番上は鳥のための層です。側面に扉があり、上面には天蓋がありました。
 ヌーフは、讃えある至高なるアッラーの指示と教えに従いこれを作りました。不信仰者たちが、彼が方舟作りに没頭しているところに通りがかりました。旱魃が長く続いている上、近くに川もなかったので、不信仰者たちはこう尋ねました。
 ヌーフよ、お前の方舟は地を走るのか? 船が浮かぶ水がどこにあるというのだ?
 それから大笑いし、気が狂ったと馬鹿にしました。
 方舟が出来上がった時、ヌーフの家のかまどから水が流れ出ました。これは洪水が近づいていることの印でした。
 ヌーフは方舟に、すべての家畜、鳥、猛獣をつがいで乗せました。雄牛と雌牛、雄の象と雌の象、雄ライオンと雌ライオン、雄の雀と雌の雀、雄の鳩と雌の鳩、そしてすべての被造物。ヌーフは、方舟を作る時に猛獣のための檻を作っておきました。家畜と鳥と猛獣が乗った後、ヌーフの家族のうち、信仰者たちが乗り込みました。彼の妻は信じる者ではなく、乗りませんでした。一人の息子も信じず、乗りませんでした。彼の民の信じる者たちが、方舟に乗りましたが、その数は少しだけでした。ヌーフは言いました。
{アッラーの御名によって、これに乗れ。航行にも停泊にもそれによれ。本当にわたしの主は、寛容にして慈悲深くあられる 11-41}

 洪水が始まり、地の割れ目から水が吹き出しました。穴という穴から水が流れ出ました。その前にもその後にも地上になかった程の雨が降り注ぎました。水は天から降り注ぎ、地から湧き出て、刻々とかさを増しました。ヌーフは、一緒に来なかった息子に呼びかけました。彼は遠くに立っていたのです。
{息子よ、わたしと一緒に乗れ。不信者たちと一緒にいてはならない 11-42}
 息子は言いました。{わたしは山に避難しよう。それは(洪)水から救うであろう 11-43}
 ヌーフは言いました。{今日はアッラーの御命令によってかれの慈悲に浴する者の外は、何者も救われない 11-43}
 二人の間に大波がやって来て、息子は溺れて死んでしまいました。洪水が荒れ狂い始めました。
 水かさは人々より高く、山の頂きより高くなり、地上をすべて覆いつくしました。信仰者たちは方舟の上に座りアッラーに礼拝を捧げました。ヌーフの方舟に乗ったものを除き、地上には生きているものは何もありませんでした。
 今日では、この洪水の恐ろしさと偉大さは想像し難いです。それは、創造主の力を示す恐ろしく偉大なものでした。方舟は山のような波を走り、洪水は果てるともなく続きました。それから、天は泣き止み、地は飲み込むよう、船にはジューディーに錨を下ろすよう、神の命令が下りました。ジューディーは古い地名です。ヌーフが鳩を偵察にやったところ、口にオリーブの枝をくわえて戻ってきました。ヌーフは、洪水が終わり、平和がやって来たことを悟りました。
 洪水は終わり恐怖は去りましたが、父の胸には子への愛が渦巻いていました。息子が溺れ死んだことを悲しんでいたのです。ヌーフは言いました。
{主よ、わたしの息子は(わが)家の一員です。あなたの約束は本当に真実で、あなたは裁決に最も優れた御方であられます 11-45}
 ヌーフは、息子は彼の家族の一人で、アッラーは彼の家族を救うと約束した、と言いたかったのです。
 讃えある至高なるアッラーは仰いました。
{ヌーフよ、かれは本当にあなたの家族ではない。かれの行いは正しくない 11-46}
 讃えある至高なるアッラーは、気高き預言者に、彼の息子はアッラーを信じないがゆえに家族ではなく、血は人をつなぐものではない、と言おうとしたのです。預言者の息子とはアッラーと預言者に従う者です。それこそ真の息子で、妻の生んだ子ということではないのです。それを理解していなかったので、アッラーはヌーフを責めたのでした。
 ヌーフは主に許しを請い、悔悟しました。アッラーは慈しみ、方舟から降りるよう命じました。彼の上にアッラーの平和と恵みがありました。
 ヌーフは、鳥と猛獣を自由にした後、方舟から降り、地に額をつけてサジダしました。もう地面は、洪水によってぬかるんではいませんでした。礼拝の後ヌーフは立ち上がり、聖所を立てるための土台を掘りました。それから火をおこし、家族と共にその周りに座りました。方舟では、船が燃えてしまわないよう、火をおこすことができず、洪水の間、誰も温かい食べ物を食べていませんでした。とうとう火をおこして肉を焼き、食べながら談笑することができました。
 恐怖は去り、彼らは高らかに語り笑いあい、その顔は喜びで輝いていました。方舟では皆が押し黙り、洪水の間誰も話す者はいなかったのです。洪水に現れたアッラーの偉大さが、彼ら全員を内側に篭らせていたのです。地上に生が戻り、年月が流れました。ヌーフは死を感じ、周りに子供たちを集め、ただ一つのことを遺言として残しました。
 唯一のアッラーを崇めよ、と。