「もう、やめた方がいいですよ」

H-Yamaguchi@Tumblr – 「もう、やめた方がいいですよ」…

「もう、やめた方がいいですよ」

 陸自隊員がひたすら水中捜索をするところに通りかかった警察官が、傍にいた防衛省職員に声をかけた。

 水死したご遺体は、しばらく水面に浮かんだ後すぐに沈み、1週間ほどたつと炭酸ガスがたまって再浮上するが、やがてまた沈む。その後は浮かんでくることがない。すでに、その時期になっていたことから、見かねた警察官が忠告したのだ。

 中隊長にそのことを告げると、「分かっているんです。分かってはいるんですが、どうしてもやめられないんです。合理的でないと言われれば反論はできません。でも、どうしても…。私の判断は間違っているんでしょうか?」と言う。

 効果の上がらない作業に従事させることが是か非か。長い沈黙の後、

 「そのまま作業を続けてください」と答えた。

 昔、予備校の先生に聞いた話を思い出しました。
 この人は以前は学校の先生だったのですが、その時に水泳の授業で事故があり、生徒が亡くなられたそうです。
 救急車で担ぎ込まれた病院で、医者が必死で救命措置をとっています。
 しかし、素人目に見ても生徒はもう助からない状態で、医者のやっていることは無駄に見えました。見かねた先生は、「失礼なのですが・・」とそのことを医師に告げたそうです。
 すると医者はこう言ったといいます。
「そんなことは医者であるわたしが一番分かっている。だがご両親がかけつけた時、自分の子供が何もせずに放って置かれていたら、どんな気持ちになる」
 その時先生は、自分の若輩さを思い知らされたと語りました。

 このことで学ぶのは、「人は時には非合理的な行動を取るべきなのだ」ということのようですが、正確に言えば「人は本当のところ、何が合理的かなど知らないのだ」ということです。何をもって合理を決するか、という最終的なところを、人間は自分で決められるものではありません。
 一方で、通常わたしたちは「合理的」に振舞うことを求められます。そこには一つの諦念があり、手を汚して進んでいくことなのだ、という自覚があるべきです。
 自分の切った合理が初めから分かりきったことだと思った瞬間から、人は奢るでしょう。わたしたちは何が合理的かなど知らない。

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