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『くらやみの速さはどれくらい』エリザベス・ムーン

くらやみの速さはどれくらい (海外SFノヴェルズ)
Elizabeth Moon 小尾 芙佐
早川書房 2004-10

 

 マーク・ハッドンの『夜中に犬に起こった奇妙な事件』に続いて「自閉症もの」小説。ただしこちらはSFです。
 近未来。自閉症者ではあるものの、特異な能力を生かし製薬会社で働きフェンシングも楽しむルウ。ところが、新しく開発された自閉症治療薬の実験台になるよう迫られ、悩む、という物語。
 全体としての印象を先に言ってしまうと、正直あまり面白いとは思いませんでした。自閉症者を主人公にしてはいるものの、自閉症やアスペルガー自体が主題というより、アイデンティティ・クライシスを扱ったSFで、確かにエンディングは独特であるものの、ストーリーのほとんどを占めるルウの日常描写、健常者による暴行まがいの事件、恋愛、そうした風景は今ひとつ色彩を欠いて単調に見えます。フィクショナルなものを読む量がすっかり減って、SFとも縁遠いからかもしれませんが・・。
 ただ、タイトルとなっているフレーズと、それを巡るエピソードはとても美しいです。

「知らないということは知っているということより早い速度でひろがる」と私は言う。リンダはにこりと笑って首をすくめる。「それゆえ暗闇の速度は光の速度より早いかもしれない。光のまわりにいつも暗闇があるのであれば、暗闇は光の先へ先へと進んでいかなければならない」

 「暗闇の速さ」は作中で複数回語られる箇所がありますが、このエピソードは、自閉症児の母でもある作者エリザベス・ムーン自身の体験に由来するそうです。後書きに、インタビュー記事からの転載があります。

部屋の戸口に寄りかかって息子が聞いたのです。「光の速さが、秒速十八万六千マイルだとしたら、暗闇の速さはどれくらいなの?」それに対して私はふつうに「暗闇に速さはないのよ」と答えました。すると、息子は「暗闇のほうが速いはずだよ。だって最初に暗闇があるんだから」と言ったのです。

 率直に言って、小説よりもこのただ一つの現実の挿話の方がずっと美しい。

 もう一つだけ、気になる箇所がありました。
 わたしにとっての「世界」の風景を、これほどぴったり表現したものはあまり見たことがありません。

わたしが言いたいのは、この世界は大きくて恐ろしくて騒々しくて狂っていて、でもとても美しい、でも嵐のまっただなかにいるということだ。

 SFファンの間では評価が高いようですが、個人的には『夜中に犬に起こった奇妙な事件』の方が百万倍面白かったです。

kharuuf

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