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『ミルク』ガス・ヴァン・サント

ミルク (ショーン・ペン 主演) [DVD]

 1970年代のゲイ・アクティヴィストであり、同性愛者であることを公表した上で公職に就いたハーヴィー・ミルクの半生を描いた作品。
 ガス・ヴァン・サントの新作ということで、期待しすぎてしまったのか、個人的には「普通」という程度の印象でした。
 素材に思い入れがありすぎたのか、「ガス・ヴァン・サントらしさ」は前面に出ていません。良くも悪くも「ハーヴィー・ミルク一代記」としてまとまっているので、ハーヴィー・ミルクやゲイ・ムーヴメントへの関心からご覧になった方は、もっと楽しめたのではないかと思います。
 確か岩明均が『寄生獣』のあとがきで、「マンガ家には二種類のタイプがいる。キャラクターを中心に考える人と、出来事を中心に物語を組み立てるのが得意な人だ。自分は後者だった」といった内容のことを書かれていたのですが、ガス・ヴァン・サントも明らかに「出来事」や対象の物質的な存在感を中心に映画を組み立てていく作家でしょう。ですが、今回の作品はどうにもハーヴィー・ミルクという実在人物が中心ですし、おそらくは監督自身が人間としてのハーヴィーに特別な入れ込みがあるはずです(長年の構想、とのインタビュー記事もありました)。この辺りがネックになって、ガス・ヴァン・サントにしては「普通」の作品に落ち着いてしまったのかもしれません。あるいは、何か理由があって、敢えて今までの作風を「封印」して描いてみたのかもしれません。

 ここからはまったく個人的な「感想」なのですが、描かれている対象や人物についても、あまり魅力を感じられませんでした。割と身近に活動家(セクシュアリティを主たる問題系とする人を含む)がいたせいか、「運動」というだけでゲッソリするところがあります。作中で、すっかり「政治家」になったハーヴィーが、支援者の若者たちに「カミングアウトしていない者は今すぐするんだ!」と急き立てる場面がありますが、いかにも左翼の泥沼的風景で、目を覆いたくなります。もちろん、中にいて盛り上がれる内は非常な高揚感があると思うのですが。
 彼が取り上げた問題系は重要だとは思いますが、所詮どんな主張をしたところで「運動家」は「運動家」なのかなぁ、というのが率直な印象です。

 作中で人物として気になったのはむしろ、自殺するハーヴィーの若いどうしようもない恋人と、ハーヴィーを殺害するダン・ホワイトです。特に敬虔なカトリックのアイリッシュで、元消防士のホワイト、作中ではハーヴィーに「隠れゲイ」を疑われている彼には、色々な意味で心をかき回されます。
 実在のダン・ホワイトがどういう人物だったのかわかりませんし、動機もはっきりしません。彼は紛れもなく犯罪者ですし、五年の刑というのも軽すぎます(その後自殺)。彼の肩を持てるところはどうにも見当たらないはずなのですが、出口のない袋小路に自らはまり込んで行く様相には、奇妙に器用なところがあるハーヴィーの活動よりも引き付けられます。町田康『告白』の主人公のようです。

 ある種の人間は、ホワイトのような隘路に入り込むことを止められません。「正しく」あろうとすればするほど、逆説的に自らの首を締めあげ、結果的に周囲の人間も不幸にしてしまうのです。
 だから実のところ、「それほど正しくない」まま、曖昧に生きることを許可することの方が、結果的には全体としての「正しさ」を実現できるのですが、「必ずしも正しく」なく生きることは「正しく」生きることよりずっと難しいです。
 ハーヴィーの「戦い」には意味があったと思いますが、まさに「戦い」であるが故に、ある種の人々を救いはしたものの、たとえばホワイトのような人間を救うことはなかったし(もちろん救うつもりも必要もない)、結果として、ホワイトと同じくらいの「正しさ」を身にまとってしまう。彼は「ほどほどに正しく」ある技術に長けた人間だったと思いますが、たぶんある段階で「正しさ」の呪縛から逃れることができなくなってしまう。
 「悪い」のはもちろん、100%ホワイトですが(法的にも道義的にも)、そうした最後を招いたことについては、ハーヴィーの「正しさ」も無関係であったようには思えません。そして、あからさまに「正義という悪」を身にまとってしまっているだけ、ダン・ホワイトのような人間が気になって仕方がありません。

 ガス・ヴァン・サントで個人的にお勧めな作品というと、以下の二つです。

エレファント デラックス版 [DVD]
ガス・ヴァン・サント
ジェネオン エンタテインメント 2004-12-03
マイ・プライベート・アイダホ デジタルリマスター版2枚組 [DVD]
ガス・ヴァン・サント
角川ヘラルド映画 2006-05-26
kharuuf

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