木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか 増田 俊也 新潮社 2011-09-30 |
普段このブログで取り上げる話題からかけ離れているのですが、あまりにも面白かったのでメモしておきます。
増田俊也さんの『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』です。
以前から存在は気になっていたのですが、何気なく注文して読み始めてみると、まるで最高にツボなマンガに当たった時のように止まらなくなり、一気に読破してしまいました。フーコーの訳本のような二段組が700ページも続く、通勤中に読んだら腕が鍛えられそうな大著なのですが、読み出すと止まりません。Amazonのレビューには「一気に読んで涙が止まらなかった」という人もいましたが、それも分かります。
わたしは武道・格闘技を少しだけ齧った人間ですが、元より才能の欠片もなく、何の実績もありませんし、柔道・柔術についてはやったこともありません。ただの武道オタクです。また格闘技ファンとしても、本当のファンの方と比べれば足元にも及びません。ですが、トーナメントに出れば半分の人間は一回戦で負ける訳ですし、弱くても素人でも本を読んで熱くなるくらいは許してもらえるでしょう。
木村政彦という名前を知らない人は、そもそもこの本を手に取らないでしょうが、知らない人はWikipediaでも見て下さい。というより、もしかするとそれすら知らないでも面白い本かもしれません。
本書は木村政彦の評伝ではあるのですが、それにとどまるものではありません。木村を取り巻く数多くの魅力的人物が時代に翻弄されながら生きる姿が生々しく描かれ、逆に木村政彦という巨人を通して戦前から戦後にかけての日本武道の歴史、さらに一部思想史の片鱗すら見ることもできるものです。
個人的には、大山倍達についての下りも大変面白く読んだのですが、木村の師である牛島辰熊という人物(この本で初めて知りました)の魅力にすっかり吸い込まれてしまいました。木村には、本書で繰り返し強調されているようにびっくりするほど政治性がないのですが、牛島は石原莞爾などともつながりのある人物です。この辺の戦前・戦中の政治思想家には以前関心があり、色々と読みあさっていたことがあったため、思わぬところで繋がって更にワクワクさせて貰いました。
本書全体を通じて言えるのは、あまりにも木村の肩を持ちすぎてやや公平性には欠けるものの、それを補って余りあるほどの増田氏の熱い血潮が行間から押し寄せてくることです。そして最終章では、著者自身も予期せず、認めたくなかった結論へと導かれます。流石に泣きはしませんでしたが、ここで涙する人がいるのはよく分かります。
ちなみに、その最後の最後のところで、木村の弟子である岩釣兼生に関するにわかには信じがたいエピソードがスッと入れられていて、度肝を抜かれました。これが本当なら、格闘マンガもびっくりの世界なのですが、それは700ページ読んでのお楽しみにしておいて下さい。