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『地図が読めないアラブ人、道を聞けない日本人』アルモーメン・アブドーラ

地図が読めないアラブ人、道を聞けない日本人 (小学館101新書)
アルモーメン・アブドーラ
小学館 2010-10-01

 あちこちで噂を聞いていたのですが、何となく手にとってみました。アラブと日本の比較文化論的エッセイ。NHKテレビアラビア語講座でカリーマ・エルサムニーさんが先生をしていたときに、一緒に出演されていたモーメンさんの本です。
 三十分くらいで読めてしまうお気楽本ですが、非常に面白いです。少しでもアラブを知っている人なら(わたしはほとんどエジプトだけですが)、「ホンマにそうや!!」と叫びたくなること請け合いです。
 
 アラブの性質は、日本的な目からすると理不尽なことが非常に多いのですが、単に彼らがいい加減だとか思うと、何一つ本当のことは分からず、ちっとも面白くありません(客観的に見てもむしろ日本がヘンなことも多い)。モーメンさんはまえがきで鳩の例を出し、ここを牽制しています。エジプトでは鳩が食用されるため、鳩は人間を見ると逃げるのですが、日本ではむしろ餌をもらおうと寄ってきます。

 もし日本のハトがエジプトのハトの行動を見たとして、「食べ物をくれるのを知らずに逃げていくなんてばかだな」と批判的に考えるハトと「どうしてあんなに逃げているのか知りたい」と興味を持つハトに分かれていたら面白い。
(・・・)
 「あんなことをするなんておかしい」と批判的に自分の尺度で考えるのではいつまでも相手を理解することはできない(・・・)「どうしてこんなことしたのかしら」とまず興味を持って見つめ(る)

 収録されている比較論はどれも非常に面白いのですが、表題の「地図が読めない」がまず最高です。少なくともエジプト人は、本当に地図を分かってくれません。わたしも地図を見せながら道を尋ねたことがあり、こういう時、人助け大好きなエジプト人は嬉々として説明しようとするのですが、地図を見る目が明らかに泳いでいます。自信たっぷりを演出しようとしているのですが、目の前に差し出された不思議な図面に混乱しているのが、傍目にも分かるくらいです1
 エジプトで一度、欧州人の友人から「地図を売っているところを知らないか」と尋ねられたことがあります。
 「そんなもの、カイロ・アメリカン大学の本屋に行けばいくらでもあるよ」と言うと「それは外国人向けの英語のものでしょう。エジプト人の使うアラビア語地図が欲しいの」と言われました。そこでハタと気づいたのですが、エジプト人が地図を使っているのを見たことがありません。本屋でも観光客用のものしか見かけません。勿論あるところにはあるし、専門家は使うのでしょうが、一般大衆は本当に地図が嫌いなのです(友人のエジプト人は「苦手」とか「使わない」ではなく「嫌いだ!」と断言していました)。
 これは別段、教育のない人に限った話ではなく、モーメンさん自身すら、日本に来てから地図がよく分からず困ったと言っているくらいなので、相応に根深いものなのでしょう。漫画と一緒で、地図も一見対象を単純に描写しているようで、コードに則って再構築されたものです。「読み方」というのを学習しないと、読めるようにはならないでしょう。
 加えて、アラブ全般に図面の類が苦手のように見受けられます。非常にナイーブな切り方ですが、アラブは音声的・時間的志向が強く、日本人(東アジア漢字文化圏全般か?)は視覚的・空間的志向が強いと感じます。
 
 もう一つエピソードを取り上げると、「アラブは言い訳する」というのがあります。
 日本人であればとりあえず謝って、「あくまで悪いのは自分です、弁解の余地は御座いません」という姿勢を見せてから、必要に応じて理由を説明するのに対し、アラブはまず言い訳します。言い訳というと聞こえが悪いので、理由を説明する、と言った方が良いでしょう。
 遅刻すると「メトロが遅れてね、わたしのせいじゃないのよ、本当にひどかったんだから」などと言います。これは相当慣れていても正直カチンと来るので、わたしはハイハイとスルーして「あなたが遅れるのには理由があるって分かってるのよ、問題ない、マーレーシ」と流すようにしていますが、彼らからすれば、ここに至った事情を分かるように説明するのが誠意なのです。
 少なくともエジプト人は、とにかく理由を知りたがります。「なぜ?なぜ?どうして?」と尋ねるのが大好きです。訳の分からないものを売りつけられそうになって「いやいや結構、ありがとう」と言うと「なぜ?なぜ?どうして買わないの?」と尋ねられます。要らんから要らんのや!とキレそうになります。
 そんな訳なので、理由とか事情を説明することは、アラブにとってはとても大切なのです。
 この理由というのは、必ずしも筋の通った正当な理由である必要はなく、そこそこオチのつく物語になっていれば、理由として認められるようです。とにかく何か話をして、物語にするのが大切です。「何も言わずに受け取ってくれ!」的美学は通用しません。
 
 他にも面白いポイント満載で、至って軽く読める本ですから、アラブ文化に興味のある方は手にとって損はありません。
 個人的には、モーメンさんの個人史上のエピソードが非常に面白かったので、彼の半生記的なものを出版してくれると嬉しいです。

  1. エジプトで道を尋ねると嘘を教えられる、というのは有名な話です。本書でも触れられていますが、エジプトでは、人が困っていたら、たとえ出来なくても努力する姿勢を見せるのが義気とされています。ですから、道を知らなくても、なかなか「知らない」とは言えないのです。しかし心配は無用です。エジプト人は何でも顔に出る人が多く、表情を抑制する傾向のある日本人から見ると、隠しているつもりでも大抵バレバレです。目を見ていれば自信があるかないかすぐに分かります。目が泳いでいたら笑顔で「ありがとう」と言って別の人に尋ねれば問題ありません。彼または彼女のプライドと義侠心を尊重しなければなりません。 []
kharuuf

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