Categories: 書評

『北へ遷りゆく時』アッタイイブ・サーレフ

 イギリスに支配されるエジプトに、さらに支配される立場にあったスーダンの作品。
 異郷にあって「外国人」にすぎず、しかも異郷を知ってしまったが故に祖国にあっても無知な村人たちに同化できない、強烈な阻害を生きる男の物語。加えて、ロンドンで唯一かれを「アフリカの男」ではなく一人の男として認識し、拒み続け、真の熱愛と言える愛憎の極みにおいて、彼は彼女を殺害してしまいます。
 アラブ・イスラームがどうという以前に、ここで紹介されている物語のせつなさに、猛烈に手に取り読みたい衝動に駆られています。
 男が自殺した後、初めて本人以外の進入を許したスーダンの寒村にある彼の書斎は、あたかもロンドンのアパートメントの一室であるかのようです。ロンドンで彼は「アフリカの男」であり、スーダンの田舎には突然イギリスが出現する。この帰属の無さ、根拠の希薄さ、という病理は、文脈を越えてわたしたちの多くにも通底してくるのではないでしょうか。

(このポストは八木久美子先生の『アラブ・イスラム世界における他者像の変遷』で取り上げられた内容に対する「感想」です。本書原典自体にはわたしは触れていません)

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