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『ロシア 語られない戦争 チェチェンゲリラ従軍記』常岡浩介

ロシア 語られない戦争 チェチェンゲリラ従軍記 (アスキー新書 71)
アスキー・メディアワークス 2008-07-10

 最近アフガニスタンで「タリバンにより拘束」と誤報されていた常岡浩介氏の書。
 すごいです、これは。
 世界中に「語られない紛争」がありますが、これほどの規模でありながら、これほど報道されず、されても著しく歪んだ形でしか伝えられていない戦争があるでしょうか。「歪んだ」などという生易しいものではありません。劇場占拠事件にせよ、日本での報道は「テロリストが市民を人質にとって立てこもる」といったもので、実情とはあまりにもかけはなれています(その「実情」も、わたしはこの本で初めて知ったくらいで、何もわかっていませんが)。
 チェチェン紛争そのものについての「知らなかった恐ろしさ」がまず凄いのですが、加えてその背後のFSB(旧KGB)の働きが、常識外れに「凄い」。あまりにムチャクチャで、にわかには信じがたいくらいです。常岡氏の伝えるところが100%真実とは勿論言い切れないわけですが、仮に半分間違いだったとしても、十分メチャクチャです。
 さらに、主に本書前半で語られる常岡氏自身の活動が「凄い」。死線をさまようとは正にこういうことです。そして、著者自身も語る通り、余りにも人が死に過ぎる。彼の知り合った人々のうち、今も生きて五体満足な人がどれほどいるのでしょうか。
 
 あまりに「凄い」本で、前半は付箋を張るのも忘れて読み進めてしまったのですが、まえがきにあり、帯にも使われている一文を引用しておきます。

九年ほどのチェチェン取材で受けた印象をひと言で述べるとすれば、想像を絶する残虐さ、暴力の極端さだ。チェチェン以前にもアフガニスタンやアフリカの紛争地帯を取材し、また最近でもパレスチナやイラクなどを取材したが、誤解を恐れずにいうと、チェチェンと比べたとき、これらの地域はまだこの紛争の性格が「穏和」なものに感じられてしまう。私がこの九年間に知り合ったチェチェンの人たちのほとんどがその後殺害されてしまったか、生き残った人たちも世界のどこかに亡命してしまった。そんな取材地は他にはない。

 最初にこれを読み「ちょっと誇張表現なのでは」と思ったのですが、読み進めるうちに全然誇張ではないことがわかりました。
 
 それにしても、イスラーム界隈でパレスチナについて語られることは数多いのに、チェチェンについてはほとんど耳にしたこともありません。
 別に弾圧(というか殲滅)されているのは「宗教としてのイスラーム」ではありませんが、少なくともその地に住む人々はムスリムですし、これほど話題にのぼらないのは不思議に思えます。義勇兵の多くもロシアの様々な少数民族から来ているようです。
 尤も、狭義の「ワッハービー」が押し寄せて、ロシア当局に「それ見たことか」と言われるのも問題なので、アラブ系の兵力が参戦しすぎるのもどうかと思いますが・・。
 
 巻末の元FSBのリトビネンコ氏(既に殺害されている)インタビューも含め、必読です。

kharuuf

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