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ユースフ章は例文には難しすぎる

 これは信仰の話というより趣味人的な与太話なので、あまり熱心な方には怒られるので読まないで頂きたいのですが……。
 わたしがアラビア語入門の頃(今だって大してできませんが)、色々使った教科書の一つにユースフ章の抜粋が例文として使われていました。非常に古い有名な教科書、おそらくは大学の授業で使われるのことを前提に編まれたあの本ですが、わたしはそれを七転八倒しながら解読しようとし、「アラビア語、そしてクルアーンなるものは何と超絶に難しいことか」と絶望に打ちひしがれていました。
 今思えばあれは酷いです。ご存知の通り、ユースフ章はクルアーンの中で唯一、一つの長い物語でスーラが構成されていますから、散文的物語形式に慣れた現代人に紹介するには都合が良い、というのはよくわかります。実際、預言者ユースフの物語をひっかかりというか、ツカミに使うケースというのはあちこちにあるのではないかと思います。
 しかし純粋にアラビア語として見た場合、ユースフ章は入門レベル学習者には難しすぎます。
 確かあの教科書には、他にもレバノンかどっかの憲法の条文やら、ガマール・アブドゥン=ナーセルの演説?やら、渋すぎる例文が多かった覚えがあります。

 それにしても、なぜユースフ章が難しいのか、というのはちょっと気になる所です。
 1400年前の言葉ですからクルアーンは全部難しいに決まっているのですが、わたし個人はユースフ章は特に難しく感じます。
 語彙や構文ということであれば、もっと込み入った箇所は幾らでもあるのです。にも関わらず難しく感じるのは、一つには単に長さでしょうが、もう一つは、なまじ散文的物語形式をとってしまっているので、現代的な頭で話を理解しようとしてしまうからではないか、という気がします。
 クルアーンは韻文的性質が強く、抽象度の高いパターン的な表現が非常に多いのですが、そういうものは一つひとつは難しくても、何度も似たようなものが繰り返されるので、聞いている内にセットで頭に入り馴染んでしまいます。ローム章とかルクマーン章とかは、ただ流しているだけでも素直にスッと胸に落ちる感じがあります。
 しかしユースフ章は、一応は時間軸に沿って順番に出来事が起こる為、パターンで理解することができません。言われていること一つひとつを追っていかないと途中で「え?」となってしまいます。
 勿論預言者ユースフの物語自体は頭に入っていますし、何が起こるかも全部知っているのですが、耳で聞いたりざっと流すように読むと、難しい単語や構文のところですぐにひっかかって混乱してしまいます。まあ、わたしの語学力が低すぎるだけなのですが、変に追おうとしてしまう、追わないとわからない、わからないと気になって頭がそこで止まってしまう、という要素もあるかと思っています。

 多分今でも大学等ではツカミとしてユースフ章が使われるケースはあるかと思うのですが、個人的にはアレでツカミになるのか疑問です。日本語でお話を解説する分には面白いと思いますが、アラビア語的にはちょっとキツすぎるでしょう。根性のない学生が次々に脱落する様が目に浮かぶようです。
 散文的な長い物語構造というのは、それまでに起こったことを覚えておいて、今目の前(耳の前)を通り過ぎていく要素以外もメモリー上に置いておかないといけません。韻文的な渋い構造は一見難しそうなのですが、バシッバシッとその場その場でキメが入る感じなので、意外と身体感覚というか、ノリだけでついていけるようにも思います。
 わかるとかわからないとか、そういう所で考えてしまうと、どんどんわからなくなります。勿論、わかるに越したことはないのですが。

 以上、本当に与太話でした。

kharuuf

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