来て見てシリア 清水 紘子 凱風社 1998-02 |
新聞社を休職し三年半シリアに留学した清水紘子によるシリア滞在記。
論文でもジャーナリスティックな内容でもないし、『来て見てシリア』というタイトルからして「お気楽滞在記」と予想していたら、思っていたよりずっと濃厚な内容でした。
基本的には、筆者の周囲で起こる人間模様が描かれているのですが、学生でも研究者でも「駐在妻」でもなく、おそらくは「駆け出しジャーナリスト」くらいの時期にあった筆者が、取材者ではなく留学生として滞在した、というポジションが、描写を独特のものにしているのでしょう。さりげない日常の中に信仰や政治の問題が顔を出すのですが、それが単なる「変わったお話」としてエピソード的に描かれるわけでなく、一方で「専門家」のテクストらしく語るべきテーマへと強引に引き込んでいくのでもなく、きちんと底を見せつつ、日常は日常として元のエピソードに帰っていく。この距離感が絶妙で心地よいです。旅行者よりは、アラブ留学を考えている方に役立つ内容に思えます。
特にイスラームに関する描写には、個人的にとても共感するところが大きいです。「善意の押し付けがましさ」や独善ぶりに辟易する一方、時々醒めたように透明に、「本当のイスラーム」を体現している人物がいる。わたしの乏しい経験の中でも、大きく首肯したくなります。
また、フォスハーの文法もおぼつかない「いまどきのサウジの女の子」やキリスト教徒も多く登場し、アラブも色々、イスラームも色々、というのが紙面だけからでも感じられます。
湾岸危機と時期が重なっていることもあり、国家としては多国籍軍に参加しながら、民衆の多くが「サッダーム支持」だった当時のシリアの様相が、市井の視点から記録されているのも興味深いです。