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非合理的な名誉の死なんてどこにでもある

 うろ覚えなのですが、モーメンさんの『地図が読めないアラブ人、道を聞けない日本人』の中に、負けると分かって戦いを挑み死を選ぶ武将の話にモーメンさんが驚く、という下りがあります。「こんな不合理な行動はアラブでは考えられない、不利な状況なら一旦引いて体制を立て直すべきだろう」ということです。
 この件をうろ覚えなままにエジプト人の友人に語ったところ、「そんなことはない、ムタナッビーはどうなるんだ」と返されました。ムタナッビーというのはアラブの有名な詩人ですが、人を罵る詩を書きまくって恨みをかい、ある時待ち伏せにあいます。一度は逃げ出そうとするのですが、少年従者に「あの勇ましい詩を読んだムタナッビーが逃げるのですか」と言われ、戦いを受けて殺されてしまいます。
 「合理性を退け名誉をとる」という意味では、両方とも似たようなものです。
 この時わたしは、多くの人の陥りがちなトラップに見事に嵌っていたことに気づきました。
 トラップというのは、「民族性による説明」のようなもので、例えば「日本人は名誉を選び、かつてはハラキリという風習があった(が、アメリカ人なら合理的だからそんなバカなことはしない)」等々といったものです。
 でも、おそらく間違いなく、「名誉の死」などという概念は、世界中どこにでもあるのです。その名誉を「いかに」守るか、という、具体的な様式については、それぞれのお国柄というのがあるでしょうし、例えばハラキリの具体的な手順とか作法、ハラキリを巡るcode(こういうハラキリは良い、こういうハラキリはダメだ)は「日本独自」と言えるかもしれません1。しかし、「時には合理性を退け名誉を取る」などという抽象度の高い現象については、洋の東西を問わずある状況では出現するに決まっています。
 件の武将のエピソードには、エジプト人であるモーメンさんが「これは実に日本的」と感じた要素があったのでしょうが、おそらくそれは、かなりの程度で文脈依存的なものだった筈です。モーメンさん自身もそれを「名誉の死」のような抽象度の高い事柄と勘違いしている可能性がありますが、実際のところは、その死に至る具体的な流れに対して違和感を抱いた筈であり、冷静になって違う状況を想定してみれば、似たような現象がアラブでも世界中どこでもあり得ることがわかったはずです。

 この手の勘違いというのは世の中に溢れていて、何かというと「自殺は日本の伝統」「四季があるのは日本だけ」みたいなザックリした話が聞かれるものですが、所詮人間、手二本足二本、同じ地球の上に住んでいる訳ですから、抽象度の高い事象になればなるほど、世界中どこでも大差ない筈です。
 問題は、実際は単なるディテールの差異に過ぎないのに、これを一般性の高い大きな枠組上の違いと勘違い(あるいは意図的にすり替え)し、さらにこれを「日本と世界」という、これまた大掴みな構図に落としこんでしまう、ということです。ちなみに、こういう場合の世界というのは、基本的に(世界の国々のほんの一握りにすぎない)欧米諸国のことしか想定していません。更に言えば、その「世界」と対置される独特なる類まれなる地域というのも、「日本」という括りに無条件に落とされています。なぜ青森や東アジアではいけなかったのでしょう。

 まぁ、この話は割りと言い尽くされた感のあるものですし、民族性ジョークであるとか、カジュアルな娯楽の一種として「独自性」を語る程度なら、とりたてて目くじら立てるようなものではないかもしれません。わたし自身も惹かれるところはありますし、実際面白いものもあります。
 しかし、例えば「日本」に対する賛辞がそのまま自らの自尊心を満たすような言説に埋もれてしまう(あるいは埋もれさせる)のは、危険というよりはみっともなくて哀れです2。もちろん、そういうみっともなく哀れな民は、日本にしかいない訳ではないですが。

  1. しかし、その「独自」は日本というよりある時代と地域に対して帰属するものであり、例えばあるやり方のハラキリが、戦国時代には正しくても江戸時代には正しくなかった、江戸では良かったけど駿府では無作法とされた、といったことは大いにありうる。 []
  2. しかも、そういうところでセコイ自尊心を満たしているヤツに限って、自分は何もしない。以前にオリンピックだか何だかに出場する選手の服装が問題になり、「日の丸を背負っているのにあのだらしない格好は何だ」とか批判している人がいましたが、背負われてる側が言っているんだから凄い話です。文句というのは、実際のところ、世話している方ではなく世話になっている側がグダグダ言うものです。 []
kharuuf

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kharuuf

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