中東民衆革命の真実 ──エジプト現地レポート (集英社新書) 田原 牧 集英社 2011-07-15 |
革命直前の絶妙に悪いタイミングで帰国してしまって、ちょっと悔しい思いをしたエジプト革命ですが、この本も読んでまたちょっと悔しくなりました。アラブ革命についていくつか本が出版されており、おそらくその中には、911後に雨後の筍の如く出版されたウサーマ本同様、インチキ臭いものも混ざっているかと思いますが、この著者にはかなり好感が持てました。
妙の大上段に政治分析するのではなく、等身大のエジプト人目線というものを分かっている人だと思います。少なくとも、わたしの感じている「エジプトの色んなヤツら」観から見て、自然な解釈です。
とりわけエジプトの世代間格差、認識の差異、という着眼点は、非常に的確です。ちょうどトッドのアラブ革命についての本が明日(日付的には今日か)発売ですが、トッドも間違いなく同じ点を指摘し、かつ詳細に分析されていることでしょう。
最初にムバーラクが「9月に辞めて再出馬しない」と発言した時点での反応について、タハリールの青年たちが譲歩しない一方、少なからぬ「大人たち」が、「ムバーラクももう年寄りなんだし、辞めると言っているんだから花をもたせてやれよ」と語っていたというのは、目に浮かぶようです。「ラクダの戦い」で乱入したプロ・ムバーラクのラクダ引き業者が、ただ金を貰っただけでなく、ある程度は本当で革命青年たちを疎ましく思っていただろう、というのも、その通りでしょう。
また、ムスリム同胞団が「過激ではない」という、多くの外国人が誤解している自明事についても、その「過激でなさ」の程度と意味を含めて、「良くも悪くもホンマにそうや、もっと言うたってくれ」という気分になりました。
一点、個人的に新鮮だったのは、エジプトの労働運動についてです。
労働運動というと、世代間格差という点では旧世代の「物語」に属しそうですが、エジプトはナーセル時代の社会主義政策の残滓として、御用団体化した中央集権的労組体制がある一方、これに属さない戦闘的労働組合が躍進している、とのこと。これについて、ウェブ上で多少見聞きしたことはありましたが、ほとんど全く背景知識がなく、とても面白く読めました。
アラブというと、パレスチナ問題、植民地主義との戦い、宗教がらみ、と、とかく大上段な政治分析が多く、実際に少なくとも二十世紀の間はそうしたパワーが強く働いていたわけですが、今回の革命についてはこれらでは説明がつかず、だからこそ多くの地域研究者(そしてエジプト人自身)の予想を裏切る展開となったのでしょう。
この新たなファクターについて、馬鹿の一つ覚えみたいに「facebook」と繰り返すような真似をせず、当事者たちの感覚や彼らを動かす力動に対し、素直で正確な感受性をもって接している一冊でしょう。
ちなみに一連のアラブ革命について、facebookだのtwitterだのと言ってまとめてしまう語らいについては、エジプト人の間で結構な反感があり、アフマド・ムサッラーマーニーは「そんな呼び名はアメリカの陰謀だ」とまで怒っていました。