預言者の心とアッラーの間には、障壁も距離も時もありません。
一人の預言者がアッラーに祈れば、その祈りは実現します。心の清らかさが極まれば、いつでもアッラーへの道に至れるのです。
ダーウドが亡くなり、スライマーンがその後を継ぎました。
ダーウドは預言者であると同時に王でしたが、スライマーンもまた預言者で王となりました。ある日スライマーンは、至高なるアッラーにサジダしドゥアーし言いました。
{主よ、わたしを御赦し下さい。そして後世の誰も持ち得ない程の王国をわたしに御与え下さい 38-35}
スライマーンは、アッラーに、以後いかなる被造物にも与えることのない王権を求めたのです。至高なるアッラーは下僕スライマーンに応え、この王権を許しました。
預言者であることだけでも、様々な位階があり、後にないものもあります。預言者たちにはさまざまな位階があります。ムーサーのようにアッラーの寛大さを受けること、イブラーヒームのようにアッラーに友とされること、イーサーのように父なくして生まれること、アーダムのように父も母もなく生まれること。異なる位階の預言者には、異なる奇跡があります。
ヌーフのように、預言者の奇跡は、洪水を呼ぶことであることもあります。聖クルアーンのように、預言者の奇跡が永遠なる書であることもあります。様々な預言者の違いにも関わらず、彼らすべてをわたしたちは信じなければならず、彼らすべてを信用しなければなりません。アッラーの使徒の一人でも区別してはいけません。また、ある者が他の者より優れていると言ってもいけません。確かに、アッラーの元では段階がありますが、わたしたちは、礼節として彼らを等しい愛をもって迎えなければならず、等しい敬慕をもって受け入れ、従い、尊敬しなければなりません。
スライマーンはダーウドを継ぎ、アッラーに、他に被造物に与えることのない王権を求めました。至高なるアッラーはスライマーンに応えられました。スライマーンが王権を求めたのは、アッラーを愛するからでしょうか、あるいは自らを偉大だと思っていたからでしょうか。いいえ、スライマーンが王権を欲したのは、アッラーに仕えるためでした。地上の悪と戦い、使徒が遣わされる時に天が地に与える光を広めるためでした。
スライマーンは、ダーウドから預言者であること、王権、そして叡智を引き継ぎました。人々は彼を「賢者スライマーン」と呼びました。
スライマーンの叡智は、人々の間への公正さに限られませんでした。彼らへの慈しみ、裁定の真実性、これらは人間の世界を越え鳥たちや動物たちの世界にも及んでいました。
ダーウドは鳥の言葉がわかりましたが、スライマーンは鳥と話し、彼らに仕事をさせることができました。
ダーウドがアッラーを讃えると、彼と共に山々や獣や鳥が讃え、この偉大な賛美を聞こうと風がやみましたが、一方スライマーンには、アッラーはそれ以上を与え、獣や鳥や風を従えさせました。
スライマーンの叡智は、子供の時から明らかでした。二人の女が、一人の子供を巡って争ったことがあります。双方がこう言ったのです。
「わたしがこの子の母親です」
スライマーンは、一人がその子の母親で、一人が母だと嘘を付いている、と察しました。
スライマーンは、女たちの心を試すべく、こう言いました。
「あなたがた二人は、この子が息子だと言っている。では、公平を期して、この子を二つに分けよう。一人が半分ずつ取ればよい」
すると母親が叫びました。
「真っ二つにするなんて、やめてください。半分をもらうくらいなら、彼女が連れていけばよいです」
スライマーンは、その子をこの女に与えて言いました。
「この女が本当の母親だ。母親とは、何人たりとも子を傷つけるのを許さないものだ」
スライマーンは成長し、アッラーはその叡智と王権をいや増し、彼が祈ればアッラーがお応えになるまでになりました。
この呼びかけの後、スライマーンの如き王権を持つ預言者は現れませんでした。
至高なるアッラーは仰いました。
{本当にわれは、ダーウードとスライマーンに知識を授けた。両人は言った。「信心深い数多いしもベの中から、わたしたちを選ばれた方、アッラーを讃えます/スライマーンはダーウードの後を継ぎ言った。「人びとよ、わたしたちは鳥の言葉を教えられ、また凡てのものを授けられた。これは明らかに(アッラーの)恩恵である」 27-15 – 27-16}
スライマーンは、蟻が他の蟻に囁くのを聞くことができました。またこの蟻に命じ、従わせることもできました。
スライマーンの軍は、世界で最も強力な軍隊でした。スライマーンの軍のような軍隊はありません。軍は普通、人間によって構成されています。一方、スライマーンの軍は、無敵の軍となる驚くべき構成でした。
彼の軍には、人間とジン、鳥がいました。ジンはアッラーの被造物で、人間には見ることができず、召喚したり利用することもできません。一方預言者スライマーン(彼の上に平安あれ)は、戦争の折には兵士として、平和な折には労働者として、ジンを働かせる能力をアッラーより与えられていました。ジンは目に見えない被造物で、目に見えない兵から成る軍隊など想像もできません。そんな軍隊を打ち破ることなど不可能です。
彼の軍には、鳥たちもいました。彼の軍の鳥たちは、現代の軍隊で言う偵察の役目を担っていました。偵察が戦争において大切であるのは、知られたことです。これによって、軍隊は敵の弱点を知ることができるのです。この役割を、スライマーンの軍では鳥たちが担っていました。敵の軍まで飛んでいって、戻ってスライマーンの所まで知らせに行くのです。
ジンや鳥たちと共に、讃えある至高なるアッラーは、風もまたスライマーンに従わせました。彼とその兵たちは、風を操り、乗ることができました。わたしたちは、飛行機が空気より重いのに、これを利用して飛ぶことができることを知っています。かつてアッラーは、スライマーンに、風を従わせ目的に応じ利用する能力を授けられました。そのため、まだ飛行機など誰も夢にも見ていない時代に、スライマーンの軍には空飛ぶ兵がいたのです。
至高者は仰いました。
{スライマーンの命令でかれの軍勢が集められたが、かれらはジンと人間と鳥からなり、(きちんと)部隊に編成された 27-17}
また至高者は仰いました。
{そこでわれは、風をかれに従わせた。それはかれの思うままに、その命令によって望む所に静かに吹く 38-36}
ジンと鳥の兵たちに加え、至高なるアッラーはスライマーンに、他のどの預言者にも与えられなかった能力を授けられました。それはシャイターンを支配する能力です。これは人間には支配することのできないもので、善なるジンも支配できないのです。一方スライマーンは、シャイターンを支配し、働かせ、鎖につなぎ、命令に逆らえば罰することのできる能力を、アッラーに授けられたのです。
施行者は仰いました。
{またわれはシャイターンたちを、(かれに服従させた。その中には)大工があり潜水夫もあり、/またその外に、スライマーンの命令に服さず鎖に繋がれた者もいた。 38-37 – 38-38}
スライマーンはこのようにアッラーより特別な恵みを与えられていましたが、彼はまた、もっともアッラーを唱念する人で、その時代に最もアッラーを愛した人でした。
至高なるアッラーは、彼についてこう仰っています。
{われはダーウードにスライマーンを授けた。何と優れたしもべではないか。かれは悔悟して常に(われに)帰った 38-30}
「悔悟し帰る」とは、礼拝し讃え涙し、赦しを請い愛することにより、常にアッラーに帰る、ということです。悔悟して帰る下僕とは、常にアッラーの方を向く下僕のことです。時にはスライマーンも忘れることがありました。一度、スライマーンは時間に礼拝するのを忘れていました。その時、戦争の準備という大事な仕事で忙しかったのです。アスルの時間、スライマーンは軍馬と将校らを視察していました。軍馬は軍の重要な兵器でした。
スライマーンが軍馬を調べているうちに、アスルの礼拝の時間が過ぎそうになっていました。
スライマーンはアッラーにサジダし礼拝し、それから馬を戻すよう命じ、戦争の準備で礼拝を忘れたことをアッラーに詫びながら、馬の足を手で拭いました。
スライマーンには馬の病気がわかり、馬の言葉で彼らと話し理解し、命令に従わせることができました。
至高なるアッラーは、スライマーンに別の恵みも与えていました。それは、銅のような固いものを溶かしてしまう力です。丁度彼の父ダーウドに、鉄を柔らかくすることで恵みを与えたように。スライマーンは溶かした銅を戦争にも平和にも活用しました。戦争にあっては、銅を鉄と混ぜて青銅を作り、剣や鎧や短刀といった武器に用いました。これらの武器は、この時代の最強の武器でした。平和にあっては、銅を建築や像の製造などに用いました。
これらすべての偉大な恵みと特別な賜物の一方で、アッラーはスライマーンを苦しめもしました。彼に試練を与え、試したのです。偉大な下僕がつねに激しい試練にさらされたように、スライマーンは試練を受け続けました。彼の試練は病でした。至高なるアッラーはこれについて、こう仰っています。
{またわれはスライマーンを試み、(病を与え)重態のかれを椅子に据えた。その後かれは回復した 38-34}
スライマーンの病は重く、人間の医者もジンの医者も、治療に困るほどでした。鳥たちは各地から薬草を持ち寄りましたが、治せませんでした。病はますます重くなり、椅子に腰掛けると、魂が抜けたようになっていました。疲れと病に、死んだようになっていたのです。この病気が続いた間、スライマーンはアッラーの唱念を怠らず、治癒を求め、許しと寵愛を乞いました。
至高なるアッラーの下僕スライマーンへの試練は終わり、スライマーンは快方しました。彼のすべての栄光、王権、偉大さも、讃えあるアッラーの許しなしには、治癒をもたらさないことを思い知った後に、彼に健康が戻ってきたのです。
スライマーンは、アッラーのためのマスジド、つまり人々が至高なるアッラーだけを崇拝する寺院を建設していました。
この寺院は、建築術と彫刻術、そして崇拝の道の一つの印でした。
鉄工場では休みなく金槌の音が響き、溶鋼場は二十四時間働き続けました。溶けた青銅が百の管から流れ出て、扉や窓や、スライマーンのマスジドへの道を飾るライオンや虎や鳥の像が形作られていきました。
この寺院建設のための労働者の数は、一万人にものぼりました。鉱物を溶解する者たち、石工、たち、石を切り崩す者たち、木を切る者たち、レバノンから杉を運ぶ者たち、金を溶かし木材に繊細な装飾を施す者たち、壁を装飾する者たちがいました。
一方ジンは、スライマーンの指示と命令に従い、偉大な像を作り、兵士と労働者のために山のように大きく重い調理釜を作り、桶のように巨大な飲み物の器を作りました。スライマーンは、動物と鳥の軍を監督したように、労働者たちを見守り、人々を守り、問題を見つけては解決し、誰か一人でも欠ければ、なぜいなくてどこにいるのか把握していました。
スライマーンの人間の軍にも鳥の軍にも問題はなく、蟻にも慈悲深く、彼らの囁きを聞き、足で踏みつけることもありませんでした。
スライマーンは頭を下げて歩き、謙虚にいつも地面を眺め、常にアッラーに感謝しました。
ある日彼は、軍の前線に赴き、蟻が他の蟻にこう言うのを聞きました。
{蟻たちよ、自分の住みかに入れ。スライマーンとその軍勢が、それと知らずにあなたがたを踏み躙らないよう 27-18}
スライマーンは蟻の言葉を聞き、{その言葉の可笑しさに顔を綻ばせた 27-19}。この蟻はどう考えたでしょう。
彼とその軍の偉大さにも関わらず、彼は蟻にも慈しみ深かったのです。その言葉を聞き、いつも前を見て、決して踏みつけることがありませんでした。地の蟻すべてに家族と父と母と兄弟と友と親族がいるなら、そこには愛の物語があるでしょう。足で蟻を殺す者は、蟻の軍隊に悲しみをもたらし、愛の物語を壊すことになるのです。
スライマーンは決してそのようなことはせず、この恵み、慈悲の恵み、慈しみの恵み、そして優しさと繊細さを与えて下さったアッラーに感謝していました。
スライマーンは地上で最も豊かな人間でした。彼の城の床は、麗しい香りの白檀や金や水晶で出来ていました。金と宝石でできた椅子もありました。
彼には地上で最も偉大な城があり、金と宝石の服をまとっていました。それなのに、スライマーンはアッラーと人々に対して謙虚でした。金の服を着てでかけ、人々にこう言いました。
「我スライマーン王のまとうものより、畑のどんな一輪の花が、より美しいものをまとっている」
アッラーは色とりどりの花々と葉を創られ、人間はその服を作りました。アッラーのお創りになったものの方が、千倍も美しく、繊細で麗しいのです。巨木ですら、スライマーンより偉大なものをまとっています。
このように謙虚な王にして預言者は、自らをアッラーにサジダする者と言いました。彼の父がアッラーを讃えたように、スライマーンはアッラーに歌を捧げ、神への愛を歌い、ただアッラーおひとりの栄光を讃えました。
ある日、スライマーンは、軍に準備を命じました。
それからスライマーンは軍を視察に出かけ、詳しく検分しました。最初に人間たちを見回り、その整えられ方を眺め、指揮官や将校や兵士と集まり、彼らに命令を理解させました。それからジンを見回り、指導を与え、怠け者のジンは牢獄に入れました。それから動物たちを見回り、きちんと食べて寝ているか尋ね、食事について不平がないか、病気のものはいないか尋ね、安心させ、それから鳥たちの天幕に入りました。
天幕に入り見回すや否や、ヤツガシラがいないのに気付きました。ヤツガシラは決められた場所にいなければなりません。そこは天幕の一番上の場所でしたが、そこにヤツガシラはいませんでした。
スライマーンは、眉をしかめ頭を下げながら言いました。
{どうしたのですか。ヤツガシラ鳥がいないではないですか 27-20}
鳥たちは、最高指導者の言葉に敬意を表しつつ、黙っていました。スライマーンは鳥たちを見回し、その目付きから、ヤツガシラがそこにはいなくて、どこにいるのかも誰も知らない、と察しました。スライマーンは、怒りを示して言いました。
{あれも欠席組の中だったのですか 27-20}
小さな雀が勇気を出して、スライマーンに言いました。
「寛大なる預言者様、ヤツガシラは昨日の偵察に参加していなければなりませんでした。彼はこの仕事の責任者だったのです。でもヤツガシラは現れず、わたしも行きませんでした」
雀は恐怖で震えていました。スライマーンは、ヤツガシラが誰にも知らせないまま欠席しており、暇乞いすることもなかった、と悟りました。誰にも行き先を告げていなかったのです。
スライマーンは怒って言いました。
{「わたしは厳しい刑で、必ずあれを処罰し、あるいは殺すでしょう。明瞭な理由をわたしに持って来ない限りは」 27-21}
鳥たちはスライマーンの怒りを理解しました。ヤツガシラは、罰せられる、あるいは処刑されることに決まったのです。この窮状を脱するには、言い分を示す、つまりスライマーン閲兵の機に天幕にいることより大事な仕事をせざるをえなかったと証明するしかないのです。
スライマーンは大いに怒り、心胆を震え上がらせるまででした。スライマーンは慈悲深い一方、一度怒れば、その怒りには義があり、公正で、躊躇することもなかったのです。
スライマーンの怒りに、雀は震え上がりました。しかしスライマーンが手を雀の頭に伸ばしなでると、恐怖は消えて、こう独り言を言いました。
「ヤツガシラよ、どこにいるのですか。スライマーンが仰ったことを聞かなかったのですか」
スライマーンは、鳥たちの天幕を出て城に戻りました。ヤツガシラのことが気がかりでした。ヤツガシラは偵察部隊の一員でなければなりません。彼は偵察に出かけたのか、それとも遊んでいるのでしょうか。
このヤツガシラは賢く雄弁で、少しイタズラなところがある、とスライマーンは見ていました。一度か二度、遊んでいて最後になって仕事にかかったことがありました。これは正しくないことです。真面目な時間と遊びの時間があり、ヤツガシラは、人間と同様に、真面目な時間と遊びの時間を混同してはなりません。仕事も遊びも駄目にしてしまうからです。
程なくして、ヤツガシラは鳥たちの天幕に戻りました。すべての鳥たちが叫びました。
「どこにいたのです。どこにいたのです」
ヤツガシラは、呼吸を整えて言いました。
「どうしたのですか。この騒ぎは何ですか」
鳥たちは彼に言いました。
「あなたにとって、今日という日はカラスの羽より暗いです。我らが主スライマーンがお見えになり、あなたがいないのを見て、罰するか処刑すると仰ったのです」
ヤツガシラは恐ろしくなって言いました。
「なんということでしょう。我らが主スライマーンは、わたしが遊んでいるとお考えになったのですか。わたしは緊急の秘密任務についていたのです」
鳥たちは言いました。
「我らが主スライマーンの元にすぐ行きなさい。あなたが帰ってきて、自分から挨拶に行っていないと知られる前に」
ヤツガシラが飛んでスライマーンのところへ行くと、彼は食事を摂っているところでした。ヤツガシラは、遠くも近くもないところに止まりました。彼は、無実の証明として、どこにいたのかと問われる前に話し始めよう、と決めていました。
ヤツガシラは言いました。
{わたしは、あなたの御気付きにならない事を知りました。わたしは確実な情報を、サバアから持って来ました 27-22}
ヤツガシラの言葉は挑戦的なものでした。彼がスライマーンに言ったのは、「わたし哀れなるヤツガシラは、あなたの知らないことを知っていて、サバア王国から大変重要な知らせを持ってきた」ということなのです。
スライマーンは黙って、ヤツガシラが話を続けるのを待ちました。
{わたしは或る婦人が、人びとを治めているのを発見しました。かの女には凡てのものが授けられ、また素晴しい王座がございます。/わたしはかの女とその民が、アッラーを差し置いて太陽を拝んでいるのを見届けました。そして悪魔が、かれらに自分たちの行いを立派だと思い込ませ、正道からかれらを閉め出しているので、正しく導かれておりません。 27-23 – 27-24}
ヤツガシラは少し黙りました。スライマーンは、ヤツガシラが雄弁の限りを尽くしており、よく言葉を選んで話しているのを感じました。ヤツガシラは、スライマーンが人々と鳥たちに話していたことを語っていたからです。
{そこでかれらは、天と地の隠されたことを現わされる、アッラーを拝していません。あなたがたの隠すことも現わすことも知っておられる方を(拝していません)。/アッラー、かれの外に神はありません。かれは壮厳な玉座の主であられます。 27-25 – 27-26}
ヤツガシラが(我らの主)スライマーンの言葉を繰り返しているのは明らかでした。最後に彼は、スライマーンの哀れみを買い、説得しようとしました。
スライマーンは微笑んで言いました。
{わたしはあなたが、真実を語ったのか、または嘘付きの徒なのか、直ぐ分るであろう 27-27}
ヤツガシラはこう言おうとしました。
「寛大なる預言者様、わたしは嘘をついてなどおりません」
しかし、スライマーンの沈黙の前で、彼は黙らざるを得ませんでした。ヤツガシラは恐れて黙り、スライマーンは沈黙のまま考えていました。考えを決め、頭を上げ、紙とペンを持ってくるよう命じました。素早く手紙を書き、手をヤツガシラの方に伸ばし、指示を与えました。
「この手紙を携えて、女王の城へ行くのだ。手紙を投げ込み、うまく隠れて、この手紙に対して彼らがどう振舞うか見るのだ。それからわたしの元に戻り、起こったことを知らせなさい」
ヤツガシラは、自分が救われたのか信じられないまま、くちばしで手紙を咥えました。
ヤツガシラは飛び立ち、それから戻ってきてスライマーンの元に参じ、起こったことを話しました。
ヤツガシラは言いました。
「サバア王国にたどり着き、女王の寝台にあなた様の手紙を置きました。手紙に何が書いてあるのか存じませんでしたが、彼女は手紙を読みました。それから顔をしかめ、王国の諮問議会を開くことにしました。議会が招集されました。わたしは彫像の真ん中の天井のところにとまっていたので、誰にも見られませんでした。ビルキース女王(シバの女王)は諮問議員たちに言いました。
{長老たちよ、本当に尊い手紙がわたしに届けられました/本当にそれはスライマーンから、慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において(齎されたもの)/れはこう言っている。わたしに対しあなたがたは高慢であってはなりません。(真の教えに)服従してわたしのもとに来なさい 27-29 – 27-31}
手紙の文面は、女王が読んだ通りのものでした。女王は諮問議員らに言いました。
「スライマーンは、帰依を求めています。{この事に就いてわたしに意見を聞かせて下さい。あなたがたが証言するまでは、わたしは事を決定しないでいよう 27-32}」
彼女の民の諮問議員たちは言いました。
「我らは強く激烈なる者です。我らは戦うこともできます。しかし我らは、貴女の意見と命令を待ちます」
女王は少し黙ってから言いました。
「戦争の必要はありません。わたしたちはスライマーンの力を知りません。彼に贈り物を贈り、王国に入らせましょう。贈り物を持っていった者が、戻ってきた折に、彼の軍について話してくれるでしょう。彼はわたしたちが戦えるほどの強さなのか、どれくらいの損失が出そうなのか」
ヤツガシラは話し終わりました。スライマーンは言いました。
「天幕に戻りなさい」
数日も経たないうちに、ビルキースからの贈り物が届きました。一人の大臣が贈り物を持ってきたのです。スライマーンの軍を偵察するための男たちが一緒でした。スライマーンには、当たり前のことながら、客たちに軍を見せる必要はありませんでしたが、彼らはそれまで見たこともないものを見ることになりました。この世の被造物たり得ぬ軍を見たのです。客たちはビルキースの贈り物をスライマーンに献上しました。
贈り物は大きな陶器で、金とルビーとエメラルドとトルコ石で飾られていました。この陶器を見て、スライマーンは強い軽侮の念を抱きました。帰依の代わりに金の贈り物を贈ってきたのです。スライマーンは、金の床の城を作れるほど豊かでした。サバアの民は一体何を考えていたのでしょう。彼が贈り物をもらって満足するとでも思ったのでしょうか。
こうした考えがスライマーンの心に浮かび、ビルキースの使節たちに贈り物を受け取れないと伝え、彼が求めているのは彼らが帰依し太陽崇拝を控えることだ、とわからせました。そうでなければ、到底抗することの出来ない軍と共に訪れ、国から追い出されることになるだろう、と。
使節たちは戻り、ビルキースに見たことを話しました。スライマーンの偉大さ、その王権の強力さ、軍の強さ。ビルキースは彼女自らスライマーンを訪れることを決めました。
ある日スライマーンは、王国の議会の席で、周りの者たちに言いました。
{長老たちよ。あなたがたの中、かれらが服従してわたしの許に来る前に、かの女の王座をわたしに持って来ることが出来るのは誰ですか 27-38}
{するとジンの大物が言った 27-39}
このジンは、アッラーがスライマーンに仕えさせた者でした。
{わたしはそれを、あなたが席から御立ちになる前に、持って参りましょう。本当にわたしは、それに就いては能力があり信頼出来る者です 27-39}
スライマーンはこの議会にあと二時間ほどいるので、このジンは一時間程で持ってくるというのでしょう。スライマーンは黙って、他の者の言葉を待ちました。
{啓典の知識をもつ者は言った。「わたしは一つの瞬きの間に、あなたにそれを持って参りましょう」 27-40}
(我らの主)スライマーンが瞬きし、まぶたを閉じて開くと、彼の前にビルキースの王座がありました。スライマーンはアッラーの恵みを感じました。人間である彼の配下の者に、瞬きより短い時間でイェメンからパレスチナまで王座を持ってくる能力を授けたのですから。スライマーンはアッラーの恵みに感じ入り、その心をアッラーへの感謝で満たして言いました。
{これはわたしの主の御恵み。わたしが感謝するか、または恩知らずかを試みられるためです。本当に感謝する者は、自分のために感謝するも同然。誰が恩知らずであってもわたしの主は、満ち足られる方崇高な方です 27-40}
スライマーンは議会の席から立ち上がり、ビルキースの王座を作り替えるよう命じました。王座は金で出来ていて、宝石や貴石で飾られていました。スライマーンはこれを少し修正するよう命じ、ビルキースが訪ねてきた時に、彼女が王座へと導かれているか、{あるいは導かれていないのか 27-41}試してみようとしたのです。
{そこでかの女が到着すると「あなたの王座は、このようであったのか。」と尋ねた 27-42}
それが彼女の王座にそっくりだったので、彼女は驚きました。でもそれが彼女の王座の筈がありません。もしそうなら、どうやって彼女より早く到着したというのでしょう。王座は少し修正が加えられていて、これには時間もかかります。いつそれを行ったというのでしょう。彼女はまだ、旅の汚れを落としてもいないのです。
スライマーンは、彼女をアッラーに導きたかったのです。サバアの民は物づくりの長けていて、彼らは自分たちが地上で最も優れていると思っていました。スライマーンは、彼らに比べれば劣っていることを証明しました。スライマーンはビルキースを迎えるために立派な宮殿を建設していました。その宮殿の床は厚くて強い、当時としては素晴らしく透明なガラスでできていました。海の上に建設されていて、人がその上を歩いて、色とりどりの魚が泳いでいるのや海藻が揺れているのを眺めることができました。ガラスはとても澄んでいて、まるでそこにないかのようでした。
ビルキースは、宮殿に入るように言われました。
彼女はそこにあるガラスが見えず、水が見えたので、海に落ちてしまうと思いました。外套が濡れないよう、足をまくり上げたので、スライマーンは言いました。
{本当にこれはガラス張りの宮殿です 27-44}
床が透明なガラスで出来ている、と言ったのです。
ビルキースは、地上で最も偉大な王を目の前にしていると悟りました。寛大なるアッラーの預言者であると。
{主よ、本当にわたしは自ら不義を犯しました。(今)わたしは、スライマーンと共に万有の主に服従、帰依いたします 27-44}
とうとうビルキースは帰依したのです。
スライマーンの生は栄光の頂点であり、その死はアッラーの印の一つとなりました。
スライマーンは信仰のために隠遁し、ある日彼の聖所に入り、杖を支えにしてアッラーを唱念し始めました。彼が杖に寄りかかっている時に、アッラーは彼に死を下されました。スライマーンは死んでも尚しばらくそのままで、ジンたちは彼が生きていると思って働き続けました。しばらくして、地を這う生き物、木を食べる蟻がやって来まて、スライマーンの杖を食べ始めました。始めに杖を食べる許可を求めたのですが、答えを聞かないうちに食べ始めてしまったのです。とてもお腹が減っていたので、杖の一部を食べてしまいました。大きな身体のバランスが崩れ、彼は地面に崩れ落ちました。彼が倒れて、はじめてジンたちは彼らがスライマーンの命令から自由になっていたことに気付きました。自分たちが彼の死を知らず、人間たちもまたこの事実を知らなかったことに、ジンは気付きました。
{もしも幽玄界のことを知っていたならば、恥辱の懲罰に服している要もなかったのに 34-14}
しばらく前から彼は死んでいたのに、彼らはスライマーンが生きていると思っていたのです。
こうして、アッラーの預言者スライマーンは、聖所で祈りアッラーを唱念しながら亡くなりました。
彼のために、天と地が涙しました。鳥が泣き、人々が泣き、蟻たちが泣きました。