それは地上で最も美しい子供でした。顔も性格も、気性も善良でした。
十一人の兄弟がおり、全員男でした。父はヤアクーブ・ブン=イスハーク・ブン=イブラーヒーム(彼の上に平安あれ)で、父は彼をユースフと名づけました。
その性格の良さから、父は他の兄弟すべてより彼を愛していました。兄弟たちは、父の元での地位を巡って彼を憎み、ある日集まって悪巧みを考え、彼を陥れようとしました。
兄弟たちは、ユースフを追いだそうということで一致し、話し合いを終えました。その時ユースフは、眠って夢を見ていました。夢の中で、十一の星と月と太陽が、彼にサジダするのを見ました。目を覚ましたユースフは、父に夢で見たことを話しました。ヤアクーブは息子に言いました。
「兄弟の誰にも見たことを言ってはならない。彼らの憎しみと嫉妬を増すことになるから」
ユースフの兄弟の中で悪巧みは進められ、彼を追い出すことを決め、父のところへ行って言いました。
「なぜユースフをわたしたちに任せないのですか? なぜ一緒に狩りに行かせてくれないのですか? そうすればわたしたちが彼の面倒を見て、遊んだり楽しんだりできるでしょう。明日は彼を一緒に行かせてください」
ヤアクーブは、彼らが何か不安なことを企んでいると感じて、言いました。
{あなたがたがかれを連れて行くのは、わたしにはどうも心配である。あなたがたがかれに気を付けない間に、狼がかれを食いはしないかと恐れている 12-13}
息子たちは大声で言いました。
「そんなことがありましょうか。わたしたちは十一人です。わたしたちが一緒で、狼が彼を食べると言うのですか。わたしたちが彼を守り、面倒を見て世話をしてやりますので、心配無用です」
彼らがしつこいので、父は彼らがユースフを連れて行くことを認めました。彼らはユースフを連れて出かけ、彼を井戸に放りこむことにし、まだ子供のユースフを持ち上げて、井戸の中に投げ込みました。
そして、殺した羊の血で、ユースフの服を汚しました。
彼らは、泣いて悲しみを訴えながら、父の元に戻りました。ヤアクーブは、ユースフはどこか、と尋ねました。
{父よ、わたしたちは互いに競争しに行きました 12-17} いつものように、競争したのです {ユースフをわたしたちの品物のかたわらに残して置いたところ、狼が(来て)かれを食いました 12-17}
「本当のことを言っても、あなたが信じないことはわかっています。でもわたしたちは、本当に起こったことを言っているのです」
ヤアクーブがユースフの服を手に取ると、血で汚れいるのに破けていないのに気付きました。
彼は息子たちに言いました。
「なんと奇妙な狼か。服を破かずにユースフを食べるとは。お前たちが悪さを企んだことはわかっている」
{それで(わたしとしては)耐え忍ぶのが美徳だ。あなたがたの述べることに就いては、(只)アッラーに御助けを御願いする 12-18}
ユースフが井戸の底で座っていると、隊商がやって来ました。隊商は水を汲むのに何人かの男をやり、井戸の中にバケツをおろしたところ、ユースフがひっかかりました。バケツが重くなったので、隊商の男は水が入ったのだと思いました。こうして、ユースフは助けだされました。
隊商の男が言いました。
「なんと美しい少年だろう」
彼らは、エジプトで売ろうと彼を連れていきました。隊商はエジプトに着き、ユースフは長官に売られました。ユースフを見た者は、皆驚きました。普通ではない美しさだったからです。人々が彼を気に入ったのは、ただ顔が美しかったからではありません。性格は顔よりもっと美しく、心は性格よりさらに美しかったのです。
彼をエジプトで買った男は、彼を気に入って、妻に言いました。
「この少年を丁重に扱いなさい。わたしたちで、息子のように育てよう。大きくなったら、役立つことだろう」
ユースフは、この新しい主人の元で、しばらく暮らしました。
数年も経たないうちに、彼の主人は、アッラーがユースフを送ることで栄誉を与えてくれたのだ、と理解しました。ユースフは、彼が人生で出会った誰より、正直でまっすぐで、気高く寛大だったからです。長官は彼を屋敷の責任者とし、息子のように扱い尊びました。
ユースフが大きくなり、悲劇、つまり試練が訪れました。
ユースフが青年になると、その顔の美しさは素晴らしい力を持つようになりました。心の純粋さと人格の偉大さが顔に現れ、まるで光を放っているかのようでした。長官の妻が彼を好きになってしまい、彼は彼女を避け、逃げるようになりました。彼女は彼と夫の間に不和の種を撒き、彼は牢屋に入れられてしまいました。
無実の罪による投獄です。何も罪を冒さず、誰も傷つけていないのに、牢獄に入れられてしまいました。不当なことでしたが、彼は耐えました。
彼は牢獄の中にいるのを利用して、アッラーへの呼びかけを行ないました。創造主の慈悲、偉大さ、被造物への愛について語りました。彼は人々に尋ねました。知性を軽んじ気まぐれな主人や何の力もない偶像を崇拝するか? 知性を助け偉大なる創造主を崇拝するか?
彼と一緒に、二人の若者が投獄されていました。一人は、王のパン焼きの頭で、一人は王の飲む酒を注ぐ係の頭でした。
パン焼きは夢を見ました。その中で彼は、ある場所に立って、鳥が彼の頭をついばんでいました。酒を注ぐ係の男も、夢を見ました。その中で彼は、王に酒を注いでいました。二人はユースフを訪れ、それぞれの見た夢を語り、その解釈を頼みました。
ユースフはこの機会をとらえ、アッラーに呼びかけ(ドゥアー)ました。そしてパン焼きに、彼が磔にされ死ぬ、と告げました。酒を注ぐ係の男には、牢獄から出て王の元に戻る、と告げました。そして、酒を注ぐ係の男に、もし王の元に戻ったら、自分のことを話して欲しい、と言いました。「ユースフという名の、無実の罪で投獄されている者がいる」と。
ユースフが予言した通りのことが起こりました。パン焼きは殺され、酒を注ぐ係の男は許され、城に戻りました。しかし、彼はユースフのことを話すのを忘れてしまいました。シャイターンがユースフのことを言うのを忘れさせたのです。ユースフは何年も牢獄で暮らしました。
王が夜遅く寝床に入るのはいつものことでしたが、翌朝早く目を覚ましたのはいつもと違いました。青ざめた顔をしていました。眠っている時に、理解し難い夢を見たからです。太った七匹の牛がナイル川のほとりに立っていると、突然痩せた七匹の牛が現れ、七匹の太った牛を食べたのです。
王はこの夢に苦しみ、占い師や神官、夢の解釈者に尋ねましたが、誰一人として彼の夢を解釈できませんでした。彼らは、これは思い違いで、何も意味はない、と言いました。
突然、酒を注ぐ係の男が、ユースフのこと、そして彼がいかに夢を読み解き、言い当て、主に呼びかけたかを思い出しまし、そのことを王に話しました。そこで王は、夢の意味を尋ねるよう使いをやりました。
ユースフはやって来た者に、こう語りました。
「やがてエジプトに、七年の実り多い時が来るでしょう。その後で七年の不毛の時が来るので、エジプト人が貯蔵していたものを食べることになるでしょう。これらの年月の後、豊かな時が来るでしょう。エジプト人は、前半の七年の間節約し、日照りの年がきても驚かないようにしなければなりません」
使いの者は、ユースフの答えをもって戻りました。王は大変喜び、ユースフの解放を命じ、彼の元へ連れてこさせました。しかし、ユースフは、彼の無実が認められるまで、牢獄から出るのを拒みました。王自らことにあたり、ユースフの無実を完全に証明しました。そこで、ユースフは牢獄を出て、王と会ったのです。彼と席を共にし、話をして、王は彼を大臣に欲しいと感じました。王は彼を、エジプトの備蓄責任者に命じました。ユースフは大臣になったのです。
彼は思慮深く、収穫物を旱魃に供えて貯蓄しました。彼にはアッラーが教え導いた知恵があったのです。
実り多い年が過ぎ、旱魃がやって来ました。飢饉がエジプトと周囲の国を襲いました。
エジプト人らが王のところにやって来ると、彼はユースフのところへやりました。ユースフは貯蔵庫を開き、食べ物を彼らに売り始めました。パレスチナの民も飢饉に襲われ、エジプトに食べ物があると聞きました。ヤアクーブは子供たちを食べ物を買いに遣わしました。彼らがエジプトにやって来ると、ユースフは彼らに気付きましたが、彼らはユースフに気づいていませんでした。何年も前に彼を井戸に投げ込んだ彼らです。ユースフは兄弟たちに食べ物を用意しましたが、彼らに一緒に来ていない兄弟を連れてくるように命じました。そして彼らの差し出した代金を差し戻しました。彼らは父の元に戻り、エジプトの財務大臣が、弟を連れてこない限り食べ物を売ってくれないことを告げました。ヤアクーブは不安になり、彼らに言いました。「かつてユースフを捨てたお前たちを、どうして信用できるというのか」。しかし旱魃が大変厳しかったので、ヤアクーブは弟を連れてやることを許しました。
ユースフの兄弟たちは、弟と共にエジプトに戻りました。
ユースフが一計を案じたのに、彼らは気づいていませんでした。彼の兄弟への愛は深く、彼のもとに留まって貰いたいと思っていました。そこで彼らが買いに来たものを準備した後、王の銀の盃を、弟の荷物の中に忍び込ませました。ユースフの兄弟が出発する前に、王の盃が盗まれた、という知らせが入り、誰一人として移動してはならない、という命令が下り、取調べが始まりました。
ユースフの兄弟が言いました。
「わたしたちはここへ盗みに来たのではありません。食べ物を買いに来たのです」
ユースフは彼らに尋ねました。
「彼の荷物から盃が見つかったら、何とされるのでしょう」
彼らは言いました。
「お望みのように裁けばよろしいでしょう」
エジプトの法律では、盗みを働いた者は、盗まれた者の奴隷となることになっていました。ユースフの兄弟の荷物を運んでいたラクダが調べられましたが、何も見つかりませんでした。それから衛兵がユースフの弟の荷物を調べたところ、盃が出てきました。
ユースフは言いました。
「あなたたちの弟は、わたしの奴隷として留まることになる」
彼らはユースフに言いました。
「どうかわたしたちの誰かで、彼の代わりをさせて下さい。父は本当に彼を愛していて、もし彼なしで帰ったらわたしたちはどうして良いやらわかりません」
ユースフは言いました。
「彼の荷物から盃が見つかったのだから、彼をとらえるしかありません」
ユースフの兄弟は、泣きながらヤアクーブの元へ帰り、経緯をすべて話しました。彼らは言いました。
{あなたの子は、本当に盗みをしました。わたしたちは、唯知っていることの外は証明出来ません 12-81}
「知らないことはわかりません。一緒に行った隊商に訪ねて下さい。戻った者に訪ねて下さい」
ヤアクーブは、彼らがユースフにしたのと同じように悪巧みをしていると考え、相手にしませんでした。小さな息子を思う悲しみは、ユースフへの悲しみを思い起こさせました。そして、涙の余り目が見えなくなるほど泣き続けました。彼は息子たちに言いました。
「エジプトに行き、弟を探せ。そしてユースフを探すのだ」
ヤアクーブの息子たちは、ユースフの元へ戻り、言いました。
「大臣よ、わたしたちは飢饉に見まわれ、少しの代金しか持ってきていません。どうかご慈悲にすがらせてください。どうか弟を解放され、父の元へ連れ帰らせて下さい」
ユースフは彼らの言葉で語り、彼らが無知と憎しみからユースフと弟に何をしたのか、問い尋ねました。こうして、彼らは、目の前にいるのがユースフだということに気付きました。
彼らは、復讐されるのでは、と恐れましたが、ユースフは彼らを許しました。彼らに自分の服を渡して、それを持って父の元へ帰り、その服をヤアクーブの顔に投げかけるよう命じました。そうすれば彼の目は見えるようになる、と。そして、父と母を連れてくるよう命じました。
隊商がパレスチナに戻ると、ヤアクーブはユースフの匂いがするのを感じました。家族にユースフがやって来るのを感じる、と話したところ、彼らは彼が悲しみのあまりおかしくなってしまったのだと思いました。しかし、息子たちがやってきて、彼の顔に服を投げかけたところ、彼に視力が戻ったのです。そしてエジプトへ旅立ちました。
エジプトで、父と母は、ユースフに対して敬愛のサジダをしました。
兄弟たちも敬愛のサジダをしました。
こうして、ユースフが子供の時に見た夢は実現しました。太陽と月と十一の星がサジダする、という夢が。
ユースフは、苦難に満ちたその生を思い、またアッラーが彼に与えた恵みを思い、アッラーにサジダしました。