数えられなかった羊

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アラブ、イスラーム、アラビア語、現代思想関係書籍の書評、映画レビューと言語・精神分析を巡るメモ

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Posts tagged ラカン

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「わかっていない」ことをわかってしまっている時、わたしたちは外国語を上手く話せていない

 真理を語っている時、わたしたちは常に「自分の言っていることがわかっていない」。
 そして母国語で話す時、あるいは十分にある言語に「感染」されたとき、わたしたちは「自分がわかっていない」ことがわからなくなる。
 慣れない [...]

言語に少なくとも一つの盲点がなければ、意味と世界は区別が付かなくなる

 固有名詞の誘惑は、死の欲動に由来する。
 何か欠片のようなもの、言語経済の外に根を張ると想定されるもの。
 しかし実は、その欠片が正しく欠片として機能するのは、言語の臨界という意味で、正しくそれが言語に依拠しているから [...]

言語への慣れ、物質的なもの

 ガザ報道の新聞記事などを読んでいて、単語を辞書で引いた時に凄惨な意味だったりすると、ギュギュッと心臓が押えつけられるようです。
 ここで気になるのは、パレスチナの方には申し訳ないですが、「辞書を引いただけで辛い気持ちに [...]

ガザ、罪悪感、犠牲

 ガザのことでは毎日胸が締め付けられるようです。
 それと同時に何度も回帰してくるのは、なぜアメリカがこれほどまでにイスラエルを守るのか、アメリカのみならず欧州諸国全般もまた、他の国であれば到底許さないであろう暴虐に対し [...]

『ラースと、その彼女』

 『ラースと、その彼女』を見てきました。
 直前に見た映画が映像的に凄過ぎたせいか、画そのものは「DVDでもいいかな」という印象でしたが、感動するというより「重要な映画」だと感じました。

雪が降り積もる小さい田舎町。そ [...]

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