数えられなかった羊

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アラブ、イスラーム、アラビア語、エジプト、現代思想、言語・精神分析 書評と翻訳と雑記

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Posts tagged イスラーム

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間があるから、行いは必ず報いられる

 「間が抜けてるよ」と思うことが多いです。
 脳ブームなるものが今もまだ続いているのかよく知りませんが、心的事象を物質的に還元しようという流れがあります。一方で、「スピリチュアル」に踊らされる人々がいる。この両者は一見相 [...]

胡散臭い覚醒

 宗教臭い文脈では「覚醒」という言い回しが使われることがしばしばありますが、これが鬱陶しくて仕方ありません。
 覚醒。実に胡散臭いです。一昔前のSF小説で超能力か何かに目覚める話のようです。
 大体、覚醒だの目覚めだの言 [...]

善悪以前に平等性と不可知性

 「礼拝は死ぬ練習ではないのか」の補足ですが、一つ重要なポイントは「良いことと悪いこと」に囚われ過ぎるな、ということでしょう。
 「良いことと悪いこと」というのは確かにあって、とても重要なのですが(そしてこの重要性は、信 [...]

練習の無気味

 練習というのは不思議です。というより、練習は無気味です。
 練習すれば、物事は上達します。誰でも知っています。わたしも知っています。
 しかしわたしは一時期、練習というものが無気味で仕方ありませんでした。今でもよくわか [...]

礼拝は死ぬ練習ではないのか

 「名前のない本」という、エジプトのテレビ司会者みたいな人の書いた本をぼちぼち訳しています。所謂宗教の「専門家」ではまったくなく、当人も「自分は専門家ではない」と何重にもことわった上で、一ムスリムとしてイスラームについて [...]

「正しい正義」をわたしたちは知らないが、常に機能している

 暴走する正義、善意の押し売りこそ最もたちが悪い、と言われる。
 まったく同感で異論もないが、それは善悪という価値判断の否定を迫るものではない。もとより、例え否定すべきだったとしても、わたしたちは価値判断から自由になれな [...]

抑圧ではない選択だ、というのは既に負けている

 イスラーム界隈で、ヒジャーブについての漫画がちょっと話題になっていました。
海外ネタつれずれ:イスラムの衣装は抑圧?個人の自由?
 非常に分かりやすく対外的に語るもので、こうした試みを批判しようという気はないのですが、 [...]

ブレーキ

 「イスラームに入って何が変わりましたか?」というのは非常にベタな質問で、軽々しく尋ねる人がいたらその人は単にバカなだけですし、答えてもスピリチュアルっぽくてインチキ臭くなるだけのことが大半でしょう。通販の「購入者の声」 [...]

イード・ル=アドハー(犠牲祭)

 遅ればせながら、犠牲祭(イード・ル=アドハー)の時の写真を何枚か貼っておきます。友人の実家宅で屠殺を見せて頂きました。慣れない目で見ると残酷そうですが、子供も含めてみんな大はしゃぎです。誰一人怖がっている人はいませんが [...]

不快の交換による利子

 「不快がないから不快が貨幣になれる」で、内田樹先生の貨幣としての不快という指摘に触発され、機能的な「不快」が低減しているが故に貨幣として使われるのではないか、ということを書きました。
 これについてもう一つ全く別の観点 [...]

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