数えられなかった羊

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アラブ、イスラーム、アラビア語、エジプト、現代思想、言語・精神分析 書評と翻訳と雑記

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Posts tagged イスラーム

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自粛、頑張れ、不幸の伝染

頑張れとか復興とかって、多分、今言うことじゃない。
どう考えたら、今、頑張れるんだよ。
ちょっとでも頑張れる何かが、今、俺たちにあるのか?
「いや、今はこっちで頑張るから、おまえらは1年ハワイでゆっくりしてきな」
とか言 [...]

エジプト革命後のデモ・スローガン、喚いてみないと分からないこと

 中東の一連の革命ニュースでは、リビア、シリア、バハレーンが話題の中心になり、エジプトやチュニジアは「一段落」とあまり話題にならなくなりましたが、依然革命は「進行中」です。
 金曜日には依然としてデモが続けられていて、い [...]

偽善者と非難される者は悪かもしれないが偽善者と非難する者は悪だ

 震災を巡って様々な支援が広がるに連れ、こうした活動の一部に対し、偽善と揶揄する声も目立つようになりました。こうした構図は災害時にだけ見られるわけではなく、常日頃から目にするものですが、状況が状況だけに両者ともに目につく [...]

起こったことは、常に最悪の中では最善である

 日本の災害についての海外BBSのコメントを眺めていて、「神が彼らを救われますように」といった内容に対し「神が津波を起こしたのにその神に頼んでどうするんだ」というツッコミが入れられているのを目にしました。
 このツッコミ [...]

不安と希望、殴られて正気にかえる

 村上龍さんのニューヨーク・タイムズへの寄稿文が、とても美しいです。
 危機的状況の中の希望 - Time Out Tokyo (タイムアウト東京)
私が10年前に書いた小説には、中学生が国会でスピーチする場面がある。「 [...]

「神罰」を下すムシュリク

 今回の地震は、もちろん主の御業によるものです。
 しかし、それと神罰だの天罰だのというのは、まったく別の問題です。神罰だの天罰だの軽々に口にする人間は、それが一体何についての誰に対する罰なのか、知っているとでも言うので [...]

死の経験

 わたしたちは死を経験するのだろうか。
 勿論、死を経験した者は、地上のわたしたちの中にはない。そうではなく、本当に死を迎えた時にすら、死の経験、あるいはまた死に付随する経験をも、経験しないのかもしれない。
 別れを告げ [...]

証拠は証拠自身において証拠たるのではない

 「神の存在証明」というのは古典的なお題で、イスラーム界隈にいると「クルアーンの真実性の証拠」みたいな話はよく聞きます。
 また非ムスリムがムスリムが多数派の地域に住むムスリムに1、「なぜイスラームを信じるのか」「神の存 [...]

エジプトの「イスラーム化」?

 欧米メディアおよびその受け売りの日本のメディア等で、エジプトで同胞団等が力を持ち「イスラーム化」することを懸念する声を聞きますが、ほんの一ミリでもエジプトとイスラームを知っていれば、色々な意味でお笑いでしかないのは自明 [...]

信仰熱心な人といる時の居心地の悪さ

 信仰熱心な人といると、奇妙な居心地の悪さを感じることがあります。何か馬鹿にされているような気がするのです。
 お断りしておきますが、彼ら本人が本当に「馬鹿にしている」可能性はほぼゼロです。要するにこちらの気持ちの問題だ [...]

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