数えられなかった羊

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アラブ、イスラーム、アラビア語、エジプト、現代思想、言語・精神分析 書評と翻訳と雑記

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Posts tagged イスラーム

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クルアーン動物物語アニメ

 毎年ラマダーンには、一般的なテレビドラマの他、イスラーム関係の連続講義などがたくさん放送されますが、素晴らしいものを見つけました。

 クルアーンに登場する動物物語のアニメです。
 まだ最初の方しか見ていませんが、絵も [...]

けっこうダメなムスリムくらいで沢山だ

 ヨーロッパの改宗ムスリムについて、興味深い点を指摘されているエントリがありました。
 改宗ムスリム(主にムスリムが多数派の地域からの移住者と結婚したヨーロッパ人女性)が、「過激化」していく傾向がある、ということです。
[...]

わたしたち

 割と伝統的なお話ですが、わたしたちが「わたしたち」「我々」と語ることには、特別な意味があります。
 「わたしたち」と語る時、それは単なる「わたし」が、「わたし」を超える何者かを背負い、何者かを代表し、自らが何者であるか [...]

アホには神様は自明だ

物凄いアホの子のようなことを言えば、神様がいないと思い込んでいる人には「ほな、なんでアンタがおるん?」とまん丸な目で問いたくなる。
「お父さんとお母さんがセックスしたからやろ」というのは、それはそうかもしれんけど、そうい [...]

礼拝禁止?

 クルアーンやハディースの都合の良いところだけ取り出して勝手なことを言う「シャイフ」がいますが、そういった輩をからかうジョークを一つ聞きました。

لا تقتربوا الصلاة وأنتم سكارى
礼拝に近寄っ [...]

支離滅裂な他者の介入により、アキレスが亀に追いつくから、世界は見たままだ

(承前)
アキレスが亀に追いつく(そして追い抜く)、その隙間の無さというのは、「世界が見たままである」ということと並行的だ。
「世界が見たままである」という時、別の二つの可能性を念頭に置いている。
一つは独我論。
今一つ [...]

アキレスと亀と神

主に感謝する、というのは、つまり、アキレスが亀に追いつけたことを感謝する、ということだ。
走ったのはアキレスだが、無限の漸近の末ついに亀に追いついた(そして多分追い抜いた)のは、主の御業である。
これは、「知」の無限の漸 [...]

わたしは鳥瞰されるのではない。ただ人ごみのなかに発見されるのだ

結局のところ、表と裏が入れ替わって、地平線の向こうからわたしが現れるのを発見する場所が分かれ目だ。
現れるのは、見たこともないわたしの背中で、だからそれは鏡ではない。
その場所で、すべてが無価値に帰るのを知る。
ある絵を [...]

誰にも迷惑のかからないものがなぜ悪いのか

 非常に子供っぽい話ですが、「誰にも迷惑のかからないものが何故悪いのか」という人がいます。
 世の中には、一見誰にも迷惑がかからなそうなのに、何故か「良くない」とされていることがあります。もし「悪さ」の基準を広い意味での [...]

身も蓋もないもの、神一重

 最近の合成技術はここまで進んでいますよ、という映像。

 必ずしもあり得ないような場面ばかりではなく、普通に撮影できそうに思える風景まで見事な合成で創られているのに驚きます。
 それだけなら「すごいなぁ」というだけなの [...]

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