数えられなかった羊

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アラブ、イスラーム、アラビア語、現代思想関係書籍の書評、映画レビューと言語・精神分析を巡るメモ

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Archive for 1 月, 2009

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ヒマール、حمار、ロバ、donkey

 かなりの動物好きではあるものの、アラビア語と出会うまでは、ロバという生き物について特に意識したことはなかった気がします。
 アラブ・アラビア語に袖が触れ合っても、ロバと無関係ではいられません(ちょっと言いすぎ)。
 人 [...]

わたしが見ているということは何によって確証されるのだろうか

 わたしが見ているということは何によって確証されるのだろうか。
 わたしは今、本当に見ているのだろうか。
 目を閉じてまた開いた時、見えるこれは、わたしの見ているものなのだろうか。
 これは、「これ」が「あれ」ではない、 [...]

払うのはわたしのお金かあなたのお金か

 アラビア語では、何かの料金を支払うとしたら、
أدفع نقوده
 であり、料金を受け取るとしたら、
آخذ نقودي
 です。
 つまり、払うのは「彼の」お金であり、貰う時は「わたしの」お金、になるわけです(普通 [...]

地球温暖化キャンペーンと罪悪感

 地球温暖化キャンペーンには、「石油はあと30年でなくなる」キャンペーンの後釜としての役割、つまり原子力政策の一環としての要素があるが、そこにだけ還元できるものではない。
 残りの要素について参照すべきなのは、むしろ「エ [...]

「わかっていない」ことをわかってしまっている時、わたしたちは外国語を上手く話せていない

 真理を語っている時、わたしたちは常に「自分の言っていることがわかっていない」。
 そして母国語で話す時、あるいは十分にある言語に「感染」されたとき、わたしたちは「自分がわかっていない」ことがわからなくなる。
 慣れない [...]

世界最大?のラクダ

 أغلى بعير في العالم 「世界最大のラクダ」。
 本当に世界最大かどうかはおいて、確かにものすごいデカさ。「大きい」ではなく「デカい」「デカすぎる」と言わなければ追いつかない。
 アラビア語にはラクダ [...]

言語に少なくとも一つの盲点がなければ、意味と世界は区別が付かなくなる

 固有名詞の誘惑は、死の欲動に由来する。
 何か欠片のようなもの、言語経済の外に根を張ると想定されるもの。
 しかし実は、その欠片が正しく欠片として機能するのは、言語の臨界という意味で、正しくそれが言語に依拠しているから [...]

ガザの少年

 昨日のアル=ハヤート紙のトップにあった写真。

 アラブのメディアは凄惨な写真でも割と普通に掲載するが、この写真の伝える現実は余りにも酷い。
 こんなことが同じ地上で起こっていると思うだけで胸が張り裂けそうだ。
 どう [...]

言語への慣れ、物質的なもの

 ガザ報道の新聞記事などを読んでいて、単語を辞書で引いた時に凄惨な意味だったりすると、ギュギュッと心臓が押えつけられるようです。
 ここで気になるのは、パレスチナの方には申し訳ないですが、「辞書を引いただけで辛い気持ちに [...]

ガザ、罪悪感、犠牲

 ガザのことでは毎日胸が締め付けられるようです。
 それと同時に何度も回帰してくるのは、なぜアメリカがこれほどまでにイスラエルを守るのか、アメリカのみならず欧州諸国全般もまた、他の国であれば到底許さないであろう暴虐に対し [...]

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