数えられなかった羊

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アラブ、イスラーム、アラビア語、現代思想関係書籍の書評、映画レビューと言語・精神分析を巡るメモ

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Archive for ノコリモノ

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あなたが子供であることは、神様が引き受けて下さるから

 信仰とは、大人が子供であることではないか、と気付く。
 「誰にでも心の中には子供の自分がいる」ということではない。むしろ、子供の自分を捨てるために、信仰に「子供としての自分」を預ける、ということだ。
 信仰があれば、安 [...]

優しい世界

 人に自信をつけさせたければ、優しくすればいい。
 優しくするというのは、甘やかすということではない。良くも悪くも、介入しまくることで、要するに距離が近いということだ。
 他人では、ない。
 他人に囲まれて育った人間には [...]

そしてわたしが走れてしまうのは、きっとあなたも、わたしに早く来て欲しいからですよね

 我ながら、奇妙極まりない人生を歩んできて、今も歩んでいる。
 こんなラグビーボールのような転がり方をして、よく今でも生きていると思う。
 やりたいことは何でもやっているし、大体のことは最後には思い通りにしているし、これ [...]

「信仰の必要ない人間」というのは、ほとんど「人間ではない」のと同じことだ

 「信仰の必要ない人間」というのは、ほとんど「人間ではない」のと同じことだ。
 信仰を必要から考えてしまった時点で、既に見当違いな場所を見ている。
 神が貴方を選ぶのであり、貴方が神を選ぶのではない。
 必要なものがある [...]

目を覆わないでいるには、覆っている手を別のことに使うしかない

 カイロの地下鉄。
 両足と片腕のない男性が、左腕と足の切断部分を器用に使って、車内を移動してくる。
 もちろん、電動車椅子などない。あっても、この町では使い物にならないだろう。
 女性専用車両だけれど、もちろん咎める人 [...]

すべてに意味がある、意味のあるものが少なくとも一つ存在する、すべてが無意味なわけではない

 すべてに意味があるなら、すべての意味を知っている者に一任してしまえば、わたしたちは安心して無意味を享受できる。
 「すべてに意味がある」。これがドライブの根源であり、分裂病的知性、つまり知性そのものの源泉にある。「すべ [...]

人間と神様は、併せて一つ

 大分以前に本にしてもらった小説の中で、「動物宗教」のことをちらっと書いた。
 脈絡もなく数行だけ挿入されるエピソードだが、世界の終わりにふと動物の心が読めるようになり、覗き込んで見ると、動物は皆一つの宗教を信じていて、 [...]

誰かとわたしを間違える

 ある人を別の人と勘違いしてしまう、ということがある。
 記憶の中で、Aさんのことだと思っていたら、Bさんのことだった、というようなことだ。
 あるいは、もっと素朴に、顔と名前を取り違えて覚えていた、ということもあり得る [...]

雨の休日は時間が見える

雨の休日は時間が見える。
働いている時、活動している時の時間は、時計の針でバラバラにされていて、残った死体がWindowsの右下でピクピクしている。
雨の休日は時間がのっぺりしている。
のっぺりしたまま、飴のように伸びる [...]

生命維持装置なしの生

 厳密な用語は知らないが、生命維持を機械に頼って、生きながらえている状態の人がいる。「植物状態」とか漠然と言われている人々もそうだし、意識があっても機械が止まれば死んでしまう、という人もいる。そういう人の扱いや(可能な場 [...]

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