わたしは鳥瞰されるのではない。ただ人ごみのなかに発見されるのだ
結局のところ、表と裏が入れ替わって、地平線の向こうからわたしが現れるのを発見する場所が分かれ目だ。
現れるのは、見たこともないわたしの背中で、だからそれは鏡ではない。
その場所で、すべてが無価値に帰るのを知る。
ある絵を [...]

アラブ、イスラーム、アラビア語、エジプト、現代思想、言語・精神分析 書評と翻訳と雑記
結局のところ、表と裏が入れ替わって、地平線の向こうからわたしが現れるのを発見する場所が分かれ目だ。
現れるのは、見たこともないわたしの背中で、だからそれは鏡ではない。
その場所で、すべてが無価値に帰るのを知る。
ある絵を [...]
わたしたちは死を経験するのだろうか。
勿論、死を経験した者は、地上のわたしたちの中にはない。そうではなく、本当に死を迎えた時にすら、死の経験、あるいはまた死に付随する経験をも、経験しないのかもしれない。
別れを告げ [...]
言語の違いに気付くのは意外と難しい。
違う言語で語られたものを、同じ言葉だと勘違いしてしまう。
言葉が通じると思って返した言葉が、まったく別様の機能を果たしてしまう。
言葉はココロよりも、横にある同じ言語の言葉たちに繋が [...]
暴走する正義、善意の押し売りこそ最もたちが悪い、と言われる。
まったく同感で異論もないが、それは善悪という価値判断の否定を迫るものではない。もとより、例え否定すべきだったとしても、わたしたちは価値判断から自由になれな [...]
話せば分かると思っている人とは、極力話したくない。
そう言う人は大抵話したいだけなので、人の話は聞かないし、自分の話を伝える能力もない。
勿論それでも一向にかまわないし、別段何かを的確に説明できなくても、お喋りは機 [...]
わたしの知らないことには二種類あって、誰が知っているのかわたしが知っていることと、誰が知っているのかわたしが知らないことだ。
誰も知らない、ということは「不可能」だ。
不可能だというのは、不可能の可能性として含まれ [...]
人を傷つけることが悪なら、正しさそのものも悪となり得る。
勿論、正しさそのものが悪なわけではない。
ただそれは多分、適度に覆われるべきだ。身体そのものが悪でなくても、服をまとうように。
ただ顔をと手をさらすに留め、本当の [...]
心は移ろうが神は移ろいゆかない。
わたしたちはわたしたちの心の原因を知らない。だからギリシャ人は、その著述の中で、今日なら感情や感覚として扱われるであろうことを、神を主体として描いたのだろう。
それがそう描かれるというこ [...]
恐ろしいのはイスラームの外ではなく中だし、敵ではなく味方だし、悪意ではなく善意だ。
家族ほど不条理に守り、不条理に殺すものはない。
だからわたしは家族が大嫌いだ。
ただ何人も何者かの家族であることからは逃れえず、その最も [...]
誰にでもそれぞれの孤独がある。
だから分かち合うべきは、分かち合え無さそのものだ。
唯一の神を信じるとは、そういうことなのではないか、と思うことがある。