傷の移動

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 COMPLEX POOLというサイトのというweb漫画が興味深いです。

 顔に傷のある母親は、そのせいで、美しく育った娘との関係がうまくいかないと思っている。実際に、母の傷を理由に同級生からからかわれたことがあった。高校生になった娘は、親子三人の場で父に問い詰められ、とうとう冷たく言い放つ。
「お母さんがケガしたのはかわいそうだよ。でもお母さんはそれを利用してお父さんをつかまえたんだ。そのキズをオトコの品定めに使ったんだよ。別にそれはいいよ。でもそれならいつまでも被害者ぶらないでよ。それがムカつくのよ」

 物語の始めで、母は「傷があっても結婚できたし、今更整形しようとも思わなくなった」と述懐しています。傷は女としての美しさを損なう「欠け」でした。「にもかかわらず」彼女は結婚できました。結婚して、父・母・子という三組の関係に収まることができました。一見するとハッピーエンドです。
 しかし彼女は、傷という欠如と引き換えに、母としての不完全さを背負うことになります。自分の傷が理由で娘がからかわれる。娘の美しさが、傷によって「損なわれる」。傷というマイナスを背負っていたものが、母に欠けるもの「-母」となります。
 ここで注意すべきは、母が執拗に娘の美しさに言及していることです。自覚の有無は別として、母は明白に娘に「嫉妬」しています。自分にあった欠如が、娘にはない。正にこの羨望のおいてもまた、せっかく手に入れたはずの母という地位が、「-母」という欠如として反転します。
 では、喧嘩の夜に起こったことはなんでしょうか。娘の残酷な一言は、母は傷「にもかかわらず」結婚できたのではなく、傷「があるからこそ」結婚できた、と示します。傷は「欠け」なのですが、まさにその欠如故に、奇数に一がプラスされ偶数となるように、次の安定を呼んだのです。
 同時にまた、羨望が移動します。娘はその「無欠」ゆえに、「さぞモテることだろう」と母に思われていたのが、娘こそまさに「欠け」を羨望していたのです。
 子は父母に対し「加わる」ものです。第三項であり、奇妙な瘤です。その突起に、「欠け」が移動することにより、「-母」は埋め合わされ、欠如は娘へと移動します。娘は「無欠」ではなく、正しく欠けたるものとしての瘤へと収まります。

 娘の一言は父を激高させますが、物語の最後の場面では、父の姿はなく、母と娘が平凡な日常に戻っています。「無欠」から浮遊項へと移動した娘は、正しく可能的なるものとして、別の安定の元に収斂していくのでしょう。

 以上、野暮なお話でした。



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