ブレーキ

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 「イスラームに入って何が変わりましたか?」というのは非常にベタな質問で、軽々しく尋ねる人がいたらその人は単にバカなだけですし、答えてもスピリチュアルっぽくてインチキ臭くなるだけのことが大半でしょう。通販の「購入者の声」みたいじゃあるまいし。少なくともわたしなら、そんな話で飾ってある場所はとりあえず胡散臭いと思って眺めます。実際のところ、別段変わったこともないですし。
 ただ、自分個人について些細なことを言えば、今までブレーキのない車に乗っていたのが、かなり利きが悪いものの一応ブレーキがついた、という感じが最近しています。このブレーキは、絶対車検を通らないような酷いシロモノで、しかも長いことブレーキのない車に乗っていたせいか、存在自体を忘れてしまうことも多いのですが、運良く思い出せると「せや、ブレーキブレーキ」くらいでは使えます。気付くのが早ければちゃんと止まります。
 でもそれはただ単に歳を取ったというだけかもしれませんし、イスラームとは全然関係ないかもしれません。
 
 ブレーキのある車に敢えて乗り換えてみた人間として思うのは、当たり前ですが、ブレーキというのはただ付いているだけではダメで、存在を認識して、使い方を覚えないといけない、ということです。ブレーキの利きも大事なのですが、使わなかったらどんな優秀なブレーキも用を為しません。これを忘れずしっかり踏むとか引くとか、そういうのは練習が大事です。
 逆にいくら練習してもブレーキがなければ使いようがない訳で、これまた当たり前ながら、ブレーキの存在というのは偉大です。
 ブレーキがあるのに気づかない人もいるし、練習しているけれどブレーキがない人もいる。日本には後者のタイプが多いように思うのですが、偏見かもしれません。
 例によって何だかサッパリ意味のわからない文章ですいません。