数えられなかった羊

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アラブ、イスラーム、アラビア語、現代思想関係書籍の書評、映画レビューと言語・精神分析を巡るメモ

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そしてわたしが走れてしまうのは、きっとあなたも、わたしに早く来て欲しいからですよね

 我ながら、奇妙極まりない人生を歩んできて、今も歩んでいる。
 こんなラグビーボールのような転がり方をして、よく今でも生きていると思う。
 やりたいことは何でもやっているし、大体のことは最後には思い通りにしているし、これからもできると思う。
 「前向き」とか「ポジティヴシンキング」ではない。
 全然明るくないし、むしろ不安で一杯。
 いつも不安で、叫びだしそう。
 本当のところ、人が不安になるのは、可能性の余りの大きさ故ではないだろうか。
 やる気になれば、なんでもできてしまう。
 だから問題なのだ。

 だから、みんな分かりやすい枠を作っておきたいのだろう。
 枠があれば、限界があれば、それを基準に家を建て、静かに暮らすことができる。
 わたしも枠が欲しくて、枠を探して旅をしているけれど、未だに枠は見つからない。
 人が恐れるのは、人生の無限ぶり、あまりの自分の「有能さ」ではないだろうか。

 恐れると怖いから、恐れたくない。
 恐れても、何にもならない。

 なぜ何かが「できる」ことが恐ろしいのかと言ったら、それが自分の力だと勘違いしているからだ。
 この漲るパワーと可能性は、すべて神様のエネルギーが注入された結果にすぎない。
 わたしは神様の乗り物だ。
 だから、いかに枠がなくても、いかに可能性に満ち溢れていても、恐れる必要はない。
 全部、神様から貰って、神様に帰っていくだけなのだ。

 そう思うと、少しだけ不安が収まる。

 何を成し遂げても、誉れは神様へ。
 だから、不安にならず、スロットルは開いたままで大丈夫。
 あぁ、神様、わたしが走るのは、走れてしまうからで、走って走って、早くあなたのところに行きたいからです。
 そしてわたしが走れてしまうのは、きっとあなたも、わたしに早く来て欲しいからですよね。
 大丈夫、わたしはまだまだ走れます。

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