『ヨルダン川西岸―アラブ人とユダヤ人』デイヴィッド・グロスマン

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4794928343 ヨルダン川西岸―アラブ人とユダヤ人 (双書・20世紀紀行)
David Grossman 千本 健一郎
晶文社 1992-02

 イスラエルの作家デイヴィッド・グロスマンによる、ヨルダン川西岸ルポルタージュ。広河隆一氏の『パレスチナ』新版に言及があり、手に取りました。
 1987年の著作であり、情報としては既に二十年以上前のものです。それでも、読む価値のある本です。
 一つには、この二十年でパレスチナの状況がまるで改善していない、ということがありますし、また、ユダヤ人作家による市井の人々への取材、という希少性もあります。ですが、何よりもこの著作の真価は、ジャーナリスティックなところにあるのではありません。もちろん、そういう価値はあるのですが、圧倒的なのはテクストの持つ文学的圧力です。
 陰惨な写真を振りかざして惨状を語る文章は沢山あります(そうした報告にも、もちろん価値はある)。ですが、グロスマンのテクストが持つ力は、「悲惨」語りによるのではありません。たぶん、ここに描かれている世界が「地続き」だからです。
 陰惨なテレビ映像等を目にすると(日本ではそれも放送されませんが)、わたしたちはもちろん「ひどい」と感じ、共感を覚えはします。一方で、その激しさだけが取り出される故にに、どこか遠い世界のものとして、自分から切り離してもいます。グロスマンのテクストが恐ろしいのは、爆弾が落とされたり人体が引き裂かれたりすることではなく、日々続く占領という現実、そこで生きる人々の語る物語が、根底でわたしたちと連続している、そういう「地続き感」を覚えさせるからです。「共感」というよりはむしろ、自身の陰惨な過去(存在しなかったかもしれない過去)と向き合わせられるようで、拒絶したくなるのです。読んでいてとても憂鬱になり、何度も本を閉じながら、気がつくと遡って反復してしまう。
 巻末に付された長田弘と鶴見俊輔による対談でも指摘されている通り、この本には「希望」がありません。悲惨ばかりが振りかざされている、という意味ではありません。深く静かな絶望、生きも死にもしない暗い川の流れのような状況が、淡々と続くのです。

 以下、印象的だった箇所をいくつか取り上げておきます。

 パレスチナの人々は「異なる時間」「異なる場所」を生きている、という指摘。

五歳の男の子に出身地をたずねると、すぐさま「ヤッファ」という答えがかえってくる。ヤッファは、いまはテルアヴィヴの一部になっている。「ヤッファを見たことがあるの?」「ううん。でも、おじいちゃんがみたことある」。少年の父親はどうやらこのキャンプで生まれたらしいが、彼の祖父はヤッファの出身だった。「じゃあ、ヤッファはきれいなとこ?」「うん。果樹園もブドウ園も海もあるんだ」

 あなたの出身は? ザカリアという村です。 そこで生まれたの?
 彼女は笑う。まさか。わたしの母だってそこで生まれた記憶はないんです。

 この「いまここにいながら、同時に別の時空にいる」という生き方は、流浪のユダヤ人性そのものではないですか。パレスチナ人は、ある意味「ユダヤ人」になった、ということです。
 この描写が重くのしかかるのは、こうした「二重性」が、パレスチナ人やユダヤ人に特有のものではないからです。彼らにおいては、「祖国の喪失」という形で、これが顕在化している。しかし、わたしたちは常に、今ここにいながら、同時に別の場所に生きているし、場合によってはある一つの時間・空間に、その後の人生が縛り付けられることもあります。進んでいるようで、実は同じ場所をグルグルと回っている。そうした本性を抉出するからこそ、流浪性というテーマが普遍性を持つのではないでしょうか。

 ヘブライ大学の心理学講師ヨラム・ビル博士による、イスラエル各地と西岸に住む十一歳から十三歳までの子供の夢の調査も、重苦しい印象を残します。カランディア難民キャンプの子供たち、西岸のユダヤ人入植地の子供たちを対象に行われた調査です。

(ユダヤ人とアラブ人が)接触する夢が三二八あったなかで、名前をあげて特定できる相手は一人もいない。直接、個人の外見からだれと特定される人間は一人もいない。どれもこれも書いてあることは例外なく、百パーセント固定観念にとらわれている。出てくる人間については、すべて民族を問題にする言い方しかされていない(ユダヤ人、アラブ人、シオニストなどなど)。さもなければ否定的な意味をこめた言い方になっている(テロリスト、圧政者などなど)。

この調査に現われてこないことについていえば、一つとくに興味深い事実がある。それは、ユダヤ人とアラブ人の子どもたちが見たざっと千ほどの夢のなかに、平和へのあこがれを感じさせるものが、まるでなかったことだ。

 占領はパレスチナ人の間にも亀裂を生みだします。
 一九四八年まで一つの村だったバルタア。ある朝、イスラエルとヨルダンに突然分割され、長い間「二つの村」へと分割されていましたが、一九六八年に再び「ひとつの村」になりました。ヨルダン側のバルタアを含む土地が、イスラエルによって占領されたからです。しかし二つの村は、すでに一つのバルタアではありませんでした。

イスラエル側の結婚式に行くと、むこうは私たちを笑うんです。「あいつらが何か食べようとやって来た!」ってね。また、あとになってからも、こういって笑います。「ダファウィンが来て全部食べた!」。彼らは、ほんの冗談さ、といいますが、本気なのはわかっています。
(引用者註:ダファウィンとは、ダッファ=西岸に住む者の意)

「連中は自分たちが二級市民だといって泣きわめいています。でもじつは、五級市民ですよ!」
(…)まず一級市民としてのユダヤ人がいる。つぎにエチオピアから来たユダヤ人移民でこれが二級市民。つぎにベドウィンが来て、そのつぎが自分たちだという。自分たちには権利はないが自負があるからということで、どんじりがアラブ系イスラエル人になる。
(…)「この西岸に住んでいることで、私は国際的な問題につながっています。全世界が私について語り、議論している。むこうの人間のことは、だれも問題にしません。私には自由な精神がある。私はあなた方や占領の現状に対して、感じていることを心の底から言える人間です。むこうの人間にはそれができない。あなた方とあまりにもくっつきすぎている。(・・・)」
「だから連中は、おれたちと会うと居心地が悪いんです。連中はいますぐにでも、自分たちがほんとうは何者なのか、はっきりさせなきゃいけないんだ」
「彼らは自分たちのことをアラブ系イスラエル人だというけれど、私たちをパレスチナ人とは呼びません。そうなると、むこうにつごうが悪いからです。だから西岸のアラブ人とか、ただダファウィンとかいう言い方をする」

 希望の見えない本書の中で、わたしが惹かれたのが、弁護士で作家のラジャ・シェハデの「スムードصمود」(譲らずただ耐えることによる抵抗)。

「私はまだ信じ続けています。パレスチナ人としての私に開かれている二つの道から――占領に屈して協力するか、占領に反対して武器をとるか。この二つの可能性はいずれも人間性を損なうと考えて――、私は第三の道を選んでいる。ここに踏みとどまって自分の家が刑務所になるのを見届けているのです。私はこの刑務所を離れようとは思わない。いったん離れたら、もどってこようとしても看守が許してはくれないでしょう」

 問題は悪意や憎悪ではなく、悪意すらないこと、自分たちがやっていることに気づいてもいないことです。
 彼が、裁判所の気のいい秘書の女性に語りかけたときのことです。

「私は彼女にたずねました。この建物に入るとき、なぜ入口で自分の人間としての矜持をまるごと置き去りにしなければいけないんだろう、とね。すると彼女は、何のことをおっしゃっているんですか、って愛想よくいいました。彼女にはどうでもいいことだったんです! 私は思わず立ち上がって怒りを爆発させていました。なにしろまわりは、だれも気にしないし分かろうともしない、むごい世界だった!」

「もう一つ実例をあげましょう。当局が、私が育った地区のある家を壊そうとしていたときの話です。その家については、私の思い出や思い入れが山とありました。私はその場に立ち尽くして、爆薬を仕掛ける場所を決めるために兵士たちが壁の厚さを測っているのを見ていました。連中のやり方が、じつに事務的なんです!(…)思わず兵士の顔を見ました。それが、とっても若いんです! なんとも不可解です。どうしてそんなことができるのか。一つ考えられるのは、彼らが人種差別にこりかたまっているということです。彼らにすれば、その家に住んでる人たちが自分たちの兄弟、あるいは人間だとは、まったく思えないんです」

 最後に、少しだけ光の見えるような、作家のアリ・アルハリリが記す検閲の体験。

「私はイスラエル人の検閲官について、ずいぶん考えました。彼は上司と波風をたてずに自分の仕事をしようと思っている、かなり身分の低い小役人に違いない。だから、ちょっとおかしいと思うと削除したがるんです。原稿用紙に残っている検閲官の筆圧の跡がどれくらい深いかによって、むこうがどの程度腹を立てているか感じ取れることもあります。検閲官も、ほんとは自分の仕事がいやなんじゃないかという気がする。心の中のどこかできっと、死刑執行人みたいな感じをもっているに違いない。(・・・)
一度、検閲官と間接的に対話をやらかしたことがあるんです。私はある新聞のためにジュハの話を書きました。アラブの民話に出てくるたいへんな愚か者の話です。そうしたら検閲官が発禁にした。そこで今度は『笑わない男』の話を書きました。(…)検閲官はこの話を無傷で通し、自分の筆跡でメモを書き加えてきました。『でも私は、ジュハの話が好きだ』と」

 本書の圧力は軽々しい希望を封じるものですが、その中で強いて希望を見出そうとするなら、この著者がイスラエル人であり、ユダヤ人であることです。アラブがいつまでたってもまとまれないように、イスラエルも一つではありません。

追記:
 本書ではパレスチナ人同士(「アラブ系イスラエル人」とパレスチナ人)の問題までしか触れられていませんが、パレスチナ人難民とその受け入れ先であるヨルダンやレバノン市民との軋轢、という問題もあります。また、サウジアラビアなどでは出稼ぎに訪れたパレスチナ人が「人間扱いされなかった」というような話も聞きます。
 もちろん、難民は受け入れ先の国にとっては「お荷物」に他ならないでしょうし、対岸から「パレスチナ人かわいそう」などと言っているだけではどうしようもないのは間違いないですが、アラブはアラブでまったく「ひとつ」ではないし、むしろイスラエルとの緊張状態が続いてくれていた方が助かる国家(国家元首)もあります。
 また「アラブ系イスラエル人」は一見アラブとの同調を重んじ左派に流れそうですが、むしろ極右側を支持することが多いようです。この辺りはファッショの構図と親縁的であるようにも見えます。

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