『聖クルアーン〈アンマ篇〉―日・亜・英対訳』安倍治夫 クルアーンの翻訳(タフスィール)

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B000J7FHIY 聖クルアーン〈アンマ篇〉―日・亜・英対訳
安倍 治夫
谷沢書房 1982-11

 FOR BEGINNERSシリーズ『イスラム教』のエントリで触れた安倍治夫氏による『聖クルアーン〈アンマ篇〉―日・亜・英対訳』を古書で発見したので、即入手しました。ラッキーです。
 「アンマ篇」(ジュズ・アンマ)というのは、クルアーンを分量で分割した時の一番最後の部分で、マッカ期の断章的なスーラが相当します。クルアーンの中でも最重要のパートです。このジュズ・アンマと、最初のファーティハ章が収められています。
 全文が五七調のリズムで、読誦した時の日本語的響きを重視した文体。各ページ見開き右にアラビア語と英語、左上部に日本語、下部にカタカナによるアラビア語の音表記が掲載されています。

 クルアーンの「翻訳」というのは微妙な問題を孕んでいます。基本的にクルアーンは翻訳が禁止されていて、いわゆる翻訳として出版されているものは「タフスィール تفسير」(解釈、注釈)という位置づけになります。あくまでクルアーン理解の補助的なものですから、タフスィールをもってクルアーンに代替するようなことはありません。確かインドネシアで、現地語訳のクルアーンで礼拝を行ったイマームが処罰された、といったニュースを目にした記憶があるのですが、それくらい「元のクルアーン」というのが重視されているわけです。
 タフスィールも決して気楽なものではないでしょうが、逆に言えば「所詮解釈」なのですから、色々な目的のタフスィールがあって良いのでは、とも思えます。

 クルアーンの「日本語訳」として、入手し易いのは井筒俊彦訳(岩波文庫)藤本勝次他訳(中公クラシックス)です。他に日本ムスリム協会の三田了一訳があり、これは書店では購入できず、直接注文しなければなりません(時々Amazonに古書が出品されています)。
 おそらく、最もポピュラーなのは井筒訳でしょう。独特のコンセプトと文体で訳されていて、多分世界的にも類例を見ない「話し言葉調」なのですが、宗教的威厳はまったくなく、日本語的な美しさも感じられず、個人的にはお勧めしません。ただし、註は充実しているので、イスラームや聖書の知識がほとんどない、という方は参考になると思います。
 藤本訳は手元になく、書店でパラパラと読んだだけのですが、クセもなく平易で読みやすく、「初心者向け」という印象です。
 一番良いのは、やはり三田訳で、日亜対訳という点でもとても勉強になります。装丁も美しく、威厳があります。難点としては、入手がちょっと面倒で、またアラビア語がある以上「本物のクルアーン」ですから、扱いは慎重にする必要があります。
 そしてこの安倍治夫氏による『聖クルアーン〈アンマ篇〉―日・亜・英対訳』は、日本語の音のリズムを最重視したもの。内容としての忠実さでは三田了一訳に到底及ばないでしょうが、それは訳者自身がよく認識していて、「とにかくクルアーンの韻文的美しさを少しでも伝えたい」という方針で、こうした翻訳になったのでは、と推測されます。日本語で読誦するとしたら、イスラーム的には禁忌に触れるかもしれませんが、個人的にはこうしたコンセプトのタフスィールもあって良いと思いますし、わたしはとても気に入っています。字も大きくて読みやすいです。アラビア語ももう少し大きい文字にしてくれていたら、言うことナシでした。
 「アンマ篇」ですから全訳ではありませんが、最も韻文的性質の強い部分を韻文的に訳しているのですから、妥当だと思います。この分量だから字も大きくできたのでしょう。
 ちなみに、「もう少し散文的な箇所も読みたい」という方は、マリヤムやユースフあたりから読み始めると良いと思います(安倍治夫訳には入っていません)。ユースフはクルアーンの中でも珍しく物語的構成になっています。また、マリヤム章はイーサー(イエス)についての章ですが、このスーラを特に好んでいるムスリムというのが沢山いらっしゃいます。確かに読誦していて心が穏やかになるスーラだと思います。

 最後に安倍治夫氏による五七調のドゥハー章訳をご紹介しておきます。

恵みあまねく 慈悲ふかき
神・アッラーの み名により

朝の光に かけて言う
深まる夜に かけて言う
主は汝をば 見放さず
憎みたまいし ためしなし
来世は現世に いや優り
主は幸いを 授けなむ
主は孤児(みなしご)の 汝(なれ)を見て
庇いたまいし お方なり
さ迷う汝(なれ)に お目とめて
御手を伸べしに 非ざるや
乏しき汝(なれ)に お目とめて
富裕(ゆたか)にせしに 非るや
されば孤児(みなしご) 慈しみ
物乞う人を 追いもせず
主の御恵み(みめぐみ)を 説きまつれ

 括弧内の部分は原文ではルビになっています。タシュキール(アラビア語の母音記号)ならぬルビと当て字という日本語の特徴を、存分に活用したスタイルです。

 今では入手困難な一冊ですから、どこかで見かけたら迷わず購入しておいた方が良いと思います。

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