文字通りに受け取ること

 聖典を文字通りに受け取る者が過激な「原理主義者」であるような言説がまかり通っているが、全く逆であって、彼らは意味に振り回されている(そういう意味ではちっとも原理主義的ではなく、もっと我々は原理主義的でなければならない)。こうした単一的で硬直した(時に恣意的な)意味解釈に対して、「(社会に合わせた)柔軟な解釈」を持ち出すというのは、折衷主義・改良主義的リベラリズムとして、「唯一の意味」に対抗する意義はあり、一定の効果があることは否定しないが、要するに意味に溺れているところでは同じ穴のムジナである。
 文字通りにというのは文字通りであって、極端な話、知らない外国語の文字を見るように受け取ることでなければいけない。
 勿論、そこで解釈の運動というのは必ず起こって、わたしたちは理解しようとする。また、理解することを薦められもする。だからタフスィール(解釈)というものがある。そして一つ理解する度に、何かを一つ失っていく。そのような「別の何かになる」ものとしてしか理解という運動は成り立たないし、理解するということは別の人間になってしまうということだ。わたしたちは理解することで、理解する以前の「知らない外国語の文字」が持つ絶対性を喪失する。
 わたしたちが何かを分かりたいと思うのは自然なことで(おそらくは抽象化・一般化により脳みそが楽をしたいが故に)、理解の運動を避けることは出来ないが、まさしく「聖典は文字通りに受け取られるべき」であって、理解の向こうにこそ聖典の意義がある。まずはそこに文字があり、受け取る。
 ところで「知らない外国語の文字」というのは、単に読めないものの謂ではない。砂浜に書かれた読めない文字を発見した時、わたしたちは何を考えるだろうか。それは読めないし、意味が分からないが、無意味ではないし、誰かが意味を知っていると思うだろう(勿論、実際には意味がないかもしれないし、風の悪戯で刻まれただけで誰にも分からないのかもしれない!)。砂浜の文字であれば、おそらく書き手が「意味の主」として想定される。聖典というのは、そこで最終的に唯一の主に返されるもので、究極、我らが主にしか意味など分からない。意味の分からないものが示されて、なおかつわたしたちはそれを分かりたいと思う。読めない者が読めと命じられている(「欲望せよ!」)。
 もっと言ってしまえば、わたしたちが提示されたこの世界、この人生そのものが一つのナゾナゾであり、解釈を待っている。その意味をもちろんわたしは知らないし、あなたも知らないだろう(知っていると言うのはムタナッビーである)。我らが主のみがご存知であり、「ここ」はそれ自体が砂浜に書かれた文字である。
 勿論「意味などない」という人もいるだろう。人生には、この世界には、特に意味などないのだ、と。わたし自身、「意味などない」と言いたい。多くの人が言いたいのではないかと思う。しかし同時に、わたしたちは砂浜の文字を見ると意味を考えてしまう生き物であり、その弱さ、その欲望によって、人と人に繋ぎ止められ、この世界に生きている。
 それはまるで、意味を理解する筈もなく返事もしない赤ん坊に対して話しかけ続けるようなものである。そして、正にそのような「馬鹿げた呼びかけ」が繰り返された結果として、赤ん坊は話を始める。わたしたちのディスクールに参加し織り込まれ位置づけられる。
 意味は、先立つものとして想定されるし、わたしたちの十分な弱さ故に想定されないではいられないが、そのことによって結果意味を生成し回付し続ける運動が派生し、遡及的に世界に先立つものとして立ち現れる。そこで現れた、あたかも最初からあったかの如き意味にわたしたちは囚われるが、一番重要なのは想定する運動自体、赤ん坊に声を掛けること、読めない文字に意味があると思うこと、そこであって、結果として「分かって」しまったことに耽溺してはならない。分かった途端に分からなくなる。
 わたしたちは聖典を文字通りに受け取らなければならないが、何か理解した瞬間には既に頽落が始まっていることを知らなければいけない。そしてどんなに「分かった」ところで、わたしたちの知など大海の一滴にも及ばず、世界は圧倒的に分からないものだと知らなければならない。わたしたちは分かりたいし、分かられたいし、また「分かりたいと欲望せよ」と命じられているが、それは果たせぬ夢と胸に刻まなければいけない。
 そして分からないこと、理解以前、あるいは理解を越えたもの、解読一瞬前の文字に対して敬意を抱き、畏れ身を守らないといけない。分からないのが当たり前なのであって、ただ軽んじることなく、軽々に触れることなく、それがそこにあるのだ、ということを諦めなければいけない。
 そういうものがタクワーではないかと、わたしは考えている。
 世界は分からないもので、解釈を待ってはいるが、理解されたものはすべて手遅れである。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする