ムスリム同胞団が議院内閣制を画策?

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 現在エジプトでは人民議員(日本の衆院的存在)選挙が進行中で、現在全三段階のうち第一段階が完了したところです。危惧されていたような混乱なく、概ね平和裡に行われているのはとりあえずよかったです、アルハムドリッラー。
 日本でも断片的に報道されている通り、革命を主導していた革命青年派諸派が一部選挙をボイコットし、依然タハリールで闘争を続けています。このため、革命青年層、リベラル勢力の組織力不足により、もともとイフワーン(ムスリム同胞団)有利だった状況が、ますますイフワーン圧勝へと傾いているのですが、今朝ちょっと不穏な話を聞きました。
 イフワーンがエジプトの議院内閣制への移行を主張しているようです。
 ソースがطبقة الأولىのأحمد المسلمانيさんの話だけで心許ないですが、多分調べたら他にも情報はあるかと思います。もしこれが本当だとすると、やや危険な兆候かと思います。
 エジプトは現在、アメリカのような大統領制で、議会で多数派を取ったからといって、組閣できるわけではありません。しかしイギリスや日本のような議院内閣制に移行したら、議会における与党が内閣を組閣するわけで、必然的にイフワーンが更に巨大な力を手にすることになります。
 もちろん、仮にこの話が本当だったとしても、いくら何でもそうすんなりと憲法改正して体制を変えられるとは思えませんし(しかしいずれにせよ憲法は改正されるので、可能性としては平時よりずっと高い)、そもそも選挙結果だってまだ出ていません。また、イフワーンは確かに「イスラーム原理主義」かもしれませんが、諸外国で思われているほど恐ろしい集団ではなく、テロを行うなどという想定も荒唐無稽です。日本共産党がもうちょっとだけ過激になって人気が出た程度の「奇抜さ」でしょう(もちろん「奇抜さ」だけの比較ですよ)。
 わたしは一応イスラーム教徒の端くれですし、宗教政党が存在すること自体も否定しません。しかし、イフワーンの支持層というのはエジプトの圧倒的多数を占める貧民層で、彼らの中には読み書きもできない人も沢山います1。民主主義ですから彼らにも権利はあるのですが、彼らが全般的な国家運営の見通しについて考えているとは到底思えません。身近なところでも、以前に割と仲良くしていたお茶くみの子(高卒)が、「イフワーンいいよね、だってイスラームは解決って言ってるよ」とか呑気なことを言っていたのですが、彼女が礼拝しているのは見たこともありません。別にイフワーン支持は、文字通りの熱心な信仰に結びついている訳ですらないのです。単に「(たとえ自分がダメなムスリムだとしても)イスラームそのものは良いものだろう > そのイスラームが解決、と言っているんだから多分良い人達だろう」くらいの発想で支持しているケースが多々あります。明日の食べ物にも困る人が、最低限の世話をしてくれる人を慕うのは当たり前でしょう。
 また、別の種類の危険性として、そもそも「宗教政党」というものの意味が日本や欧米とは違います(日本と欧米でも相当違いますが)。日本での「宗教政党」は、「特定の人々の支持する政党」で、それ独特のリスクが仮にあったとしても、別にその政党を「支持しない」ことには何の問題もないでしょう。また、欧米でのキリスト教政党であっても、キリスト教徒がキリスト教政党を支持しなかった、別の政党に投票したからといって、その人がダメなキリスト教徒として非難される、というケースは、かなり限定的な状況でしか起こらないと思います。しかしエジプトの場合、「ムスリムのくせになぜイスラーム政党を支持しないのだ(イスラーム系勢力はイフワーンだけではなく色々ありますが、圧倒的優勢はイフワーン)」というアホな言説が平気で成り立ってしまいます。もちろん、一定の教育と意識のある人達は、こんな問いが馬鹿げていることは百も二百も承知しているのですが、一方で全然分かっていない人も大きな声で叫んでいるのです。
 もちろん、これらすべての問題を含めても、イフワーンは草の根福祉などで実に立派な仕事をしてきて、実績もあり、市民の信頼があるのは尤もです。ですから、別にイフワーンがいること自体、また一定の力を持つこと自体は自然で正当なことかと思うのですが、現在の不安定な状況に乗じて、過剰な「イフワーン寄り」が生じて、暴走するような状況になるのがやや不安です。大体、イフワーンは革命当初はデモ不参加を決め込んでいて、終始及び腰な姿勢だったにも関わらず、後から出てきて鳶が油揚げさらうが如く振る舞うのはちょっと「ズルイ」印象も受けます2

 実際のところ、選挙結果としてはイフワーン(自由と公正党)が間違いなく第一党ですが、単独過半数をとれるかどうかは微妙なのではないかと思います。体感としての実際的支持は30%ちょっとくらいかと感じるのですが、上のような革命後のドタバタがイフワーン有利に働いているため、少なくとも50%に漸近するところまでは行くと予想しています。そして実際にイフワーンが公の権力を手にしたら、現実問題として夢みたいなことばかりは言っていられない筈で、世俗系勢力とも妥協しながらそこそこのところに落ち着いてくれるのでは、と期待はしています。
 彼らは福祉やら公共倫理といった点では立派ですし、これらはエジプトに一番欠けていることなので支持も頷けるのですが、外交や経済政策になった時に、今のままでは到底まともな国家運営ができるとは思えません。
 議会で一定の力を持つ一方、大統領にはバランスのとれた人物がなる3、という状況が望ましいかと思うのですが、どうなることでしょう。主のご加護のあらんことを。

  1. エジプトの識字率については、色んな数字を聞かされるのでよく分からないのですが、50%くらいというのもあれば、なんと30%というのまで聞きます。エジプト・アラブ共和国:アフリカ教育情報には2006年で66.4%という数字が出ています。ただ、都市部で外国人として暮らしていると、字の読めないなどという人とはお目にかかる機会もない(気づいていないだけかもしれませんが)ので、体感としてはもっとずっと高いように感じます。ただ、絶対的な識字率自体もさることながら、ここ十数年で識字率が低下した(!)という凄まじいニュースを聞いたことがあるので、全般的な諸島教育の状況は良くないです。 []
  2. 現在も続いている「第二革命」的タハリールでの衝突ですが、このきっかけになった金曜日のデモは、イフワーン主導のものでした。しかし夜になって座り込みを続行していた勢力を警察が排除しようとしたことから、大規模な衝突へと発展しました。翌日移行にデモ主体となったのがイフワーンではなくシッタイブリールその他の革命青年層であることは確かで、夜に座り込み続行したのもおそらくこちらでしょう。選挙直前に突然このような展開が生じたことについては、イフワーンの謀略ではないのか、というも流れています。極端な話、最高軍事評議会とイフワーンで予めナシがつけられていて、イフワーンは昼間盛り上げるだけ盛り上げてサッと引き、残った人々が計算どおり衝突し、結果選挙不参加、あるいは選挙反対勢力の烙印を押される、という筋書きがなかったとは言い切れません。とはいえ、さすがに長年犬猿の仲の軍とイフワーンの間にそんな取引があったというのは、ただの陰謀論かと思いますが・・・ []
  3. 大統領が誰になる、というのは一番重要なポイントですが、個人的には政治手腕があり市民にも人気のあるアムル・ムーサーあたりに落ち着いてもらって、なおかつリベラルに人気だけれど西洋かぶれとの批判もあるバラーダイー(エルバラダイ)をサブに迎えてくれたりすると理想的かと思うのですが、どうなるんでしょうねぇ。 []